聖グレゴリウス1世は四大ラテン教父の一人
■聖グレゴリウス1世[祝日は9月3日]
聖グレゴリウス1世は、中世初期を代表する教皇
グレゴリウス1世はローマ貴族の名門に生まれます。東ローマ帝国治下のローマ市の長官となりましたが、父の死を契機に、自宅をベネディクト派の修道院に造りかえました。そして、自ら修道士として信仰の道に入り、590年に教皇に選出されました。
グレゴリウス1世は教皇になると精力的に教会改革に乗り出し、三章問題の解決をはかったり、カンタベリーのアウグスティヌスを約40人の修道士とともにイングランド宣教に派遣するなどしました。
こうして、ゲルマン人の改宗に成功し、ローマ教会の支持基盤を作りだしたところから、グレゴリウス1世は大教皇と言われます。グレゴリウスは西方だけでなく、東方においても著名な存在であり、ローマ司教の域を出なかった教皇職の権威を高めました。
(左から)聖アウグスティヌス、聖アンブロジウス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス1世
グレゴリウス1世は、教皇と教会を同一視するという観念に先鞭をつけたとも言われています。また、皇帝の権威が神に由来するものであることを認め、その権威を尊重しており、両権の協働を唱えました。
しかし、中世後のルネサンスの教皇派と皇帝派の対立は、いつの世も変わりません。 あのダンテの人生も、そのはざまで翻弄されました。
グレゴリオ聖歌
グレゴリウス1世は多くの著作を残し、教皇として書いた書簡も多く残されています。『グレゴリオ聖歌』の名は彼に由来しており、彼自身多くの聖歌を作曲したとされています。
「光に近づけば近づくほど、影も濃くなるものである」
この言葉は、グレゴリウス1世が絶望の渕に立っている人へなげかけた言葉だそうです。逆に、光から離れれば闇は薄くなります。影が濃いということは、光すなわち神の国が近くにあるということでしょうか?
「光が強ければ影も強くなる」は、ニュアンスがちょっと違いますが、ゲーテの戯曲「ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」の台詞だそうです。ゲーテは、クレゴリウス1世の言葉をもとにしたのでしょうか?
※グレゴリオ暦は、1582年2月24日にグレゴリウス13世がユリウス暦を改良して制定した暦法です。聖グレゴリウス1世ではありません。