
徴税所に座る一人の男が、福音書の物語に登場します。名はマタイ。ローマ帝国の支配下で徴税人として働いていた彼は、同胞のユダヤ人から嫌われ、罪人と同一視される存在でした。
宗教的共同体の内側に居場所を持たず、社会の周縁に置かれていた人物です。
そのマタイに、イエスは一言だけ声をかけます。「わたしに従いなさい」。福音書は、この短い呼びかけと、彼が席を立ったという行動だけを記し、詳しい説明や心理描写を加えません。徴税人として生きてきた日々と、使徒としての歩みのあいだにある転換点でした。
本記事では、正典福音書の記述に基づき、徴税人としての社会的立場、召命の場面、罪人たちとの食卓、そして十二使徒の一人としての位置づけまでを、時系列で整理します。
徴税人として生きていたマタイ
マタイは、『マタイによる福音書』9章9節において、徴税所に座っていた人物として登場します。同じ場面は『マルコによる福音書』2章14節、『ルカによる福音書』5章27節にも記されており、そこでは彼は「レビ」と呼ばれています。
福音書は、彼が町の出入り口や街道沿いに設けられた徴税所で、人々から税を取り立てていたことを前提として描いています。こうした場所は、物流や人の往来が集中する要所であり、徴税人が日常的に多くの人々と接触する場でもありました。
当時の徴税人は、ローマ帝国の支配体制の末端を担う存在でした。一定額を当局に納める代わりに、超過分を自らの利益とする仕組みであったため、不正や搾取と結びつきやすく、同胞のユダヤ人からは「罪人」「裏切り者」とみなされていました。
宗教的には、律法を厳格に守る人々から距離を置かれ、社会的にも共同体の内部に完全には属さない存在と見なされていたのです。福音書の時代背景を踏まえると、徴税人という職業は宗教的にも社会的にも強い嫌悪の対象であったことが分かります。
マタイがそのような職業に就いていた事実は、彼が社会の周縁に置かれ、宗教的共同体から距離を置かれた立場にあったことを示しています。
福音書は、彼が徴税所に座っていたという事実のみを記し、その簡潔な描写によって、当時の人々が彼に向けていた評価や距離感、そして孤立した立場を伝えています。
「わたしに従いなさい」と呼ばれた日
イエスは徴税所にいたマタイに向かって、
「わたしに従いなさい」(『マタイによる福音書』9章9節)
と語りかけたと記されています。この言葉は、長い説明や説得を伴うものではなく、極めて簡潔で直接的な呼びかけとして伝えられています。福音書は、イエスがマタイの過去や職業について評価や非難を加えることなく、ただ従うよう命じた点を強調しています。
同じ出来事について、『ルカによる福音書』5章27–28節では、
「イエスは彼を見て、『わたしに従いなさい』と言われた。すると彼はすべてを捨て、立ち上がってイエスに従った」
と記されており、マタイの応答が極めて即時的であったことがより明確に示されています。
「すべてを捨てた」という表現は、単に職場を離れたという意味にとどまらず、それまでの生活基盤や社会的立場を後にした行為として理解されてきました。
福音書は、マタイが職を辞するための交渉や準備をした様子、あるいは迷いや葛藤を言葉として語った場面を一切描きません。「席を立った」「立ち上がった」という簡潔な動作描写のみが記されており、この沈黙そのものが、出来事の決定性を際立たせています。
この召命の場面は、弟子の側の資格や功績、あるいは悔い改めの言葉によって成立したのではなく、イエスの呼びかけが主導的であったことを示す形で記されています。
徴税人と罪人を招いたマタイの家
マタイは、自らの家でイエスを招き、多くの徴税人や罪人たちと共に食事をしたと記されています(『マタイによる福音書』9章10節)。『ルカによる福音書』5章29節では、
「レビは自分の家でイエスのために盛大な宴会を催した」
と表現され、この食卓が単なる私的な会合ではなく、多くの人々が集う場であったことが示されています。
この場面を見たファリサイ派の人々や律法学者たちは、
「なぜあなたがたの先生は、徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」(マタイ9章11節)
と弟子たちを通して非難しました。
これに対し、イエスは、
「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人である」(9章12節)
と語り、さらに、
「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」(9章13節)
と述べたと記されています。
この食卓の場面は、マタイ個人の物語にとどまらず、イエスの宣教の姿勢そのものを示す象徴的な出来事として位置づけられています。徴税人や罪人と呼ばれる人々が同じ卓を囲むことは、当時の宗教的慣習から見れば極めて異例であり、社会的な境界を越える行為でもありました。
福音書は、この食事の場を詳細な会話とともに描く一方で、食卓の雰囲気や人々の配置、時間の長さといった点には踏み込みません。これは、出来事の意味を場面描写ではなく、交わされた言葉によって示そうとする叙述の特徴といえます。
また、この食卓は、マタイが徴税人として築いてきた人間関係が、そのままイエスのもとへと持ち込まれた場面でもありました。こうして罪人たちとの食卓は、マタイの転換が個人の内面だけで完結するものではなく、周囲の人々を巻き込みながら進行した出来事であったことを静かに伝えています。

福音書記者マタイと同一人物なのか?
その後、マタイは十二使徒の一人として名を連ねます(『マタイによる福音書』10章3節)。
この箇所では、他の使徒と並んで名前が挙げられる中で、あえて「徴税人マタイ」と職業を添えて記されており、彼の過去が意図的に伏せられていないことが分かります。これは、使徒となった後も、彼がかつて徴税人であったという事実が消去されたり、美化されたりしていないことを示しています。
『マルコによる福音書』3章18節、『ルカによる福音書』6章15節では、彼は「レビ」として登場しますが、教会の伝統では同一人物と理解されてきました。
呼び名の違いについて、福音書は特別な説明を加えていませんが、当時は個人が複数の名前を用いることが珍しくなかった点を踏まえると、不自然なことではありません。少なくとも正典福音書は、徴税人として知られていた人物が、イエスの側近である使徒団に加えられた事実を一貫して伝えています。
一方で、福音書記者マタイと十二使徒のマタイを同一人物と見るかどうかについては、古くから議論が重ねられてきました。
正典本文はこの点を明確に断定していませんが、初期教会の伝承においては、両者を同一人物と理解する見方が広く受け入れられてきました。
この問題については、資料の性質上、慎重な表現が求められますが、少なくとも福音書は「徴税人であったマタイ」が使徒として数えられていたことを否定していません。
マタイのその後の宣教活動や最期について、正典福音書は多くを語りません。『使徒言行録』にも具体的な記述はありません。
2〜4世紀の教会伝承では、各地で宣教を行ったと伝えられていますが、地域や最期の状況については伝承ごとに差があり、詳細を断定的に記すことはできません。
福音書を書くマタイに助言する天使
※天使がマタイに助言する絵画表現は、正典福音書の記述ではなく、初期教会の伝承と神学的理解にもとづく後世の象徴的表現です。
まとめ|徴税人・マタイとは誰か?
徴税人・マタイは、ローマ帝国の支配体制に組み込まれ、同胞から忌み嫌われる職業に就いていた人物でした。
福音書は、その社会的評価や立場を隠すことなく記しつつ、彼がイエスの呼びかけによって徴税所を離れ、弟子として歩み始めた事実を伝えています。
マタイの召命は、資格や功績による選別ではなく、イエスの側からの一方的な招きとして描かれています。また、罪人たちとの食卓や「徴税人マタイ」という呼称の保持は、彼の過去が消去されたのではなく、そのまま含み込まれて使徒団に加えられたことを示しています。
福音書は、マタイのその後の活動や最期について多くを語りませんが、徴税人であった人物が十二使徒の一人に数えられたという事実そのものが、弟子団の多様性と、イエスの宣教の広がりを示しています。
徴税人・マタイは、その生涯を通して、福音書が描く弟子像の幅を明確に示す存在として位置づけられています。

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