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ヒュパティアモーリス・ガスパール作

ヒュパティアの最後と牡蠣?

虐殺されるヒュパティア〈虐殺されるヒュパティア〉

ヒュパティアは、ローマ帝国時代の属州エジプトの数学者・天文学者・新プラトン主義哲学者です。彼女の思考は科学的で、神秘主義を嫌います。ですから、キリスト教徒からは異端の思想家とされていました。

エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』によると、
「四旬節のある日、総司教キュリロスらが馬車で学園に向かっていたヒュパティアを馬車から引きずりおろし、教会に連れ込んだあと、彼女を裸にして、牡蠣の貝殻で彼女の肉を骨から削ぎ落として殺害した」とあるそうです。

その後、この事件からエフェソス公会議が開かれました。そして、総司教キュリロスとその一派は「教会を破壊するために生まれ育ってきた怪物である」と非難されました。キュリロスは、聖人カレンダーから除外されます。

5世紀の教会史家ソクラテス=スコラティコスによると、415年にヒュパティアはキリスト教徒ペトロスに率いられた暴徒によって殺害されました。

ところで、アレクサンドリアの聖カタリナですが、このヒュパティアを慕いその死を悔やんだキリスト教徒が作り上げた伝説という説があります。

アレクサンドリアの聖カタリナと神秘の結婚

ヒュパティア〜神に対する冒涜とみなされる

ヒュパティアは、アレクサンドリアのテオンの娘として生まれました。新プラトン主義の創始者プロティノスとシリアでの分派の創設者イアンブリコスとの2人の学統です。

400年頃、アレクサンドリアの新プラトン主義哲学の学校長に就任します。

「考えるあなたの権利を保有してください。なぜなら、まったく考えないことよりは誤ったことも考えてさえすれば良いのです」
「真実として迷信を教えることは、とても恐ろしいことです」

これらの言動は、当時のキリスト教徒を激怒させ、神に対する冒涜とみなされました。

ヒュパティアに迫る社会情勢

380年にキリスト教徒のテオドシウス1世は、異端アリウス派と異教に対してローマ帝国全域での迫害方針を定めました。

391年、テオドシウス1世はアレクサンドリアの司教テオフィロスの求めに答えて、アエギュプトゥス(ローマ帝国領古代エジプト)の非キリスト教の宗教施設・神殿を破壊する許可を与えます。

暴徒は、サラピス寺院やアレクサンドリア図書館や他の異教の記念碑・神殿をも破壊。

393年には暴力、特に略奪とユダヤ人のシナゴーグの破壊を法律で抑えようとの試みがなされました。

しかし、412年アレクサンドリアの総司教であったアンティオキアのヨハネス1世が後ろ盾となっていた強硬派のキュリロスによる異教徒迫害および破壊活動が起きます。

414年、キリスト教徒の集団により、アレクサンドリアからのユダヤ人の追放がなされます。

そして、415年ヒュパティアはあまりに残酷な拷問による犠牲になったのです。

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  • アレハンドロ・アメナーバル監督
  • ヒュパティア:レイチェル・ワイズ
  • キュリロス:サミ・サミール