
1月9日は、カトリック教会で「聖ハドリアーヌス」を記念する日です。
聖ハドリアーヌスは、カンタベリーに学校を築き、学びによって教会を支えた教育者でした。祈りと知性を結びつけ、多くの若者を育てたその歩みは、イギリス教会の土台を形づくったと言えます。
表に立つよりも、学びの場を整えることを選んだ「知の聖人」の生き方に目を向けてみましょう。
Contents
聖ハドリアーヌス|プロフィール
- 名前
ハドリアーヌス(カンタベリー)/Hadrian of Canterbury - 生没年
不詳〜709年 - 出身地・時代背景
北アフリカ生まれ。西ローマ帝国崩壊後の混乱と再建の時代。 - 肩書き・役職
ベネディクト会修道士、修道院長、教育者
聖ハドリアーヌスの生涯
青年期からの歩み
ハドリアーヌスは北アフリカに生まれ、若くしてベネディクト会の修道士となりました。
修道院での生活の中で、彼は祈りだけでなく学問にも深く取り組み、ギリシャ語とラテン語の両方に精通した学者へと成長します。
聖書の理解に優れ、教会運営や修道院改革にも関心を持つ人物でした。
大司教任命の辞退と大きな決断
664年、カンタベリー大司教が亡くなった際、教皇はハドリアーヌスを後任に任命しました。
しかし彼はこの重い役職を辞退します。代わりに推薦したのが、タルソス出身でローマに滞在していたテオドロでした。
この判断は、後のイギリス教会の発展に大きな影響を与えることになります。
テオドロとの協力と教育活動
668年、テオドロが司教に叙階されると、ハドリアーヌスは生涯の協力者として彼と共にイギリスへ渡りました。
ハドリアーヌスはカンタベリーの聖ペトロ・聖パウロ修道院長に任命され、付属学校の整備と教育に力を注ぎます。この学校では、神学だけでなく、ギリシャ語やラテン語、聖書解釈が体系的に教えられました。
学ぶことそのものが信仰を深める道であると示した点に、この学校の大きな特色があります。
ここで学んだ人びとの中から、後に大司教や修道院長となる人物が数多く生まれ、カンタベリーはイギリス教会の知的中心地となっていきました。
晩年と評価
709年に亡くなった後、ハドリアーヌスは「学びを通して人を幸福にした聖人」として語り継がれました。
後世の人びとは、彼が学生たちの心に健全な知識と信仰を日々注いだことを高く評価しています。
聖ハドリアーヌスの言葉・エピソードから学ぶ
彼自身の短い名言は多く残っていませんが、同時代の人びとは「ハドリアーヌスは学生たちを幸福にした」と記しています。これは、知識を与えるだけでなく、人を生かす学びを大切にしていたことを示しています。
カトリック的ポイント解説
聖ハドリアーヌスが示した大切なテーマは、学びと信仰の一致です。
カトリック教会では、知性は信仰を深めるための賜物と考えられています。
彼の生き方は、学ぶことが祈りとなり、奉仕となることを教えてくれます。
聖ハドリアーヌス|ゆかりの地・書籍・芸術
ハドリアーヌスが院長を務めたカンタベリーの聖ペトロ・聖パウロ修道院は、後に聖アウグスティヌス修道院と呼ばれるようになりました。
彼の名は、イギリス教会史や修道院教育を扱う書籍の中で今も語られています。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖ハドリアーヌスは、前に立つ栄誉よりも、人を育てる使命を選んだ聖人でした。
大司教の座を辞退し、協力者として働き、学びの場で多くの指導者を育てたその姿は、静かな強さに満ちています。
知識と信仰を分けず、人の幸福のために学びを用いた彼の生き方は、現代の私たちにも大切な示唆を与えてくれます。
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