
9月16日は、カトリック教会で「聖コルネリオ教皇」を記念する日です。
3世紀のローマ帝国で、迫害に揺れる信徒たちを励まし、「ゆるし」を通して教会に希望をもたらした教皇でした。
その穏やかな人柄と勇気ある決断は、今も多くの人の心を照らしています。
Contents
聖コルネリオ|プロフィール
- 名前
聖コルネリオ教皇/Pope Cornelius - 生没年
不詳〜253年 - 出身地・時代背景
北アフリカのカルタゴ出身。ローマ帝国でキリスト教が迫害を受けていた時代に生きました。 - 肩書き・役職
第21代ローマ教皇(在位251〜253年)
聖コルネリオの生涯
青年期からの転機
コルネリオはカルタゴで生まれ、若い頃はキリスト教徒ではありませんでした。成人してから信仰に目覚め、洗礼を受けます。その後、司祭として仕える道を選び、人々のために献身しました。
教皇としての歩み
250年に教皇ファビアノが殉教した後、しばらく後継者が決まらず混乱が続きました。14か月後、謙虚で信頼厚いコルネリオが教皇に選ばれます。
彼の時代、問題になっていたのは「迫害の時に信仰を捨てた人(棄教者)を教会に戻すかどうか」でした。コルネリオは「悔い改めとゆるしの秘跡を受ければ、再び共同体に戻れる」と語りました。
この寛大な姿勢をカルタゴの司教チプリアノが支えました。
ノヴァティアヌスとの対立
厳格なノヴァティアヌスは「大罪を犯した者には教会のゆるしはない」と主張し、自らを教皇と宣言しました。
これが対立教皇(アンチ・ポープ)の始まりです。251年、コルネリオは会議を開き、ゆるしと償いを経て信徒が復帰できることを正式に確認し、教会の一致を守りました。
迫害と晩年
デキウス帝の死後も情勢は安定せず、ペストの流行が人々の不安をあおりました。
皇帝トレボニアヌスは再びキリスト教徒を迫害し、コルネリオは捕らえられます。ローマ近郊チェントゥリチェッレに追放され、253年に殉教的な死を迎えました。
聖コルネリオの名言・エピソードから学ぶ
「悔い改める者に、主の憐れみは閉ざされない。」
この言葉は、迫害で一度信仰を手放した人々にも希望を与えました。人は弱さを持ちますが、神の愛はそれを超える――コルネリオは、その確信を持って人々を迎え入れました。
現代でも、過去の失敗にとらわれず、歩みをやり直す勇気をくれる言葉です。
カトリック的ポイント解説
コルネリオが示した中心テーマは「ゆるし」と「教会の一致」でした。
難しい言葉で言えば「和解の秘跡」や「普遍的な交わり」ですが、要するに「神は悔い改める人を迎え入れる」「信徒は一つの家族である」ということです。
私たちも、人を責める前に対話と優しさを選ぶことで、平和な関係を築けるでしょう。
聖コルネリオ|ゆかりの地・書籍・芸術
イタリアのチヴィタヴェッキア近郊には、コルネリオが追放された地「チェントゥリチェッレ」があります。彼の墓はローマのカリストゥス墓地にあり、巡礼地として大切にされています。
彼に関する書簡は、友人チプリアノとの往復書簡の中に残っています。これらは、初期教会の温かさと緊張感を同時に伝えてくれます。
芸術では、ローマの聖堂やカタコンベに、教皇の衣をまとったコルネリオのモザイク画や壁画を見ることができます。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖コルネリオ教皇は、迫害と混乱の時代にあっても、人々に「ゆるし」と「希望」を示した指導者でした。チプリアノとの友情も、教会を支える絆の象徴です。
私たちも、過去の失敗や他人の弱さを受け入れ、支え合う心を持てたら、日々の生活はもっと穏やかで力強いものになるのではないでしょうか。
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