
12月19日は、カトリック教会で「聖ウルバヌス5世教皇」を記念する日です。
聖ウルバヌス5世は、学者であり修道士でありながら、混乱の時代に教会を導いた教皇でした。
権力よりも信仰と質素な生活を大切にし、教会を本来の姿に戻そうとしたその姿勢は、今も静かな感動を与えてくれます。
Contents
聖ウルバヌス5世教皇|プロフィール
- 名前
日本語名/Pope Urban V
(本名:ギョーム・ド・グリモール) - 生没年
1309年〜1370年 - 出身地・時代背景
フランス・グリサ。教皇庁がローマを離れ、アヴィニョンに置かれていた中世後期。 - 肩書き・役職
第201代教皇、ベネディクト会修道士
聖ウルバヌス5世教皇の生涯
学問に優れた青年期
ウルバヌス5世は、1309年にフランスで生まれ、ギョーム・ド・グリモールと名付けられました。
モンペリエ、トゥールーズ、アヴィニョン、パリといった大学で学び、当時でも群を抜く学識を身につけた優秀な学者でした。
この知性は、後の教会運営にも大きく生かされます。
修道士としての歩み
学問の道を歩んだ後、ベネディクト会に入会し、修道生活を選びます。
1352年にサン・ジェルマン修道院長、1361年にはマルセイユのサン・ヴィクトル修道院長に任命されました。
修道士としての規律と祈りを大切にし続けた姿勢は、後に教皇となっても変わりませんでした。
教皇としての試練
1362年、教皇に選出され、ウルバヌス5世と名乗ります。彼は教皇庁の簡素化を進め、ぜいたくを避け、修道生活の精神を重んじました。
また、約50年間アヴィニョンに置かれていた教皇庁を、1367年にローマへ戻すことに成功します。これは皇帝カール4世の協力によるもので、大きな歴史的出来事でした。
しかし、ローマの政治的混乱やフランス王、枢機卿たちの反対により、再びアヴィニョンへ戻らざるをえなくなります。
聖ウルバヌス5世教皇のエピソードから学ぶ
彼は教皇でありながら、質素な食事と簡素な生活を守り続けました。この姿は、権威よりも信仰を重んじる姿勢の表れでした。
教皇という立場にあっても、修道士の心を失わなかったことが、多くの人に深い印象を残しています。
カトリック的ポイント解説
聖ウルバヌス5世が大切にしたのは、清貧、学問、そして教会の本来の姿です。
信仰と知性は対立するものではなく、ともに神を理解するための道であることを示しました。
現代においても、誠実さと学びを大切にする姿勢として受け継がれています。
聖ウルバヌス5世教皇|ゆかりの地・学問
・アヴィニョン教皇庁
・ローマ
・ウィーン大学(創立認可)
ウルバヌス5世は、ウィーン大学の創立を認可するなど、学問の発展に大きく貢献しました。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖ウルバヌス5世教皇は、学問に優れ、修道士としての清い心を生涯守り続けた教皇でした。
教会改革やローマ帰還という困難な課題に向き合いながらも、信仰を妥協することはありませんでした。その誠実な生き方は、混乱の中でも正しい道を探し続ける大切さを教えてくれます。
私たちもまた、日々の立場や環境の中で、誠実さを失わず歩むことの意味を学ぶことができるでしょう。
「アヴィニョン捕囚」とは、14世紀に教皇庁がローマを離れ、フランス南部のアヴィニョンに置かれていた時代を指す歴史用語です。
期間は1309年から1377年まで、およそ70年に及びます。この間、教皇はフランス王の強い影響下にあり、政治的に自由でなかったことから、旧約聖書の「バビロン捕囚」になぞらえてこう呼ばれるようになりました。
重要なのは、「アヴィニョン捕囚の教皇」という特定の一人がいるわけではない、という点です。この時代には複数の教皇が在位しており、聖ウルバヌス5世もその一人でした。
聖ウルバヌス5世の大きな特徴は、アヴィニョンにとどまることを当然とは考えず、「教皇は本来ローマにいるべきだ」と考え、実際に行動したことでした。1367年、皇帝カール4世らの協力を得て、教皇庁をローマへ戻すことに成功します。
しかし、ローマの政治的混乱やフランス王、枢機卿たちの反対により、その試みは長く続かず、3年後には再びアヴィニョンへ戻らざるをえませんでした。ウルバヌス5世は、その失意の中で亡くなります。
聖ウルバヌス5世は、アヴィニョン捕囚を終わらせた教皇ではありません。しかし、この困難な時代に、教会の本来あるべき姿を求め、勇気をもって一歩を踏み出した教皇であったことは、確かに記憶されるべき点だと言えるでしょう。
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