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カインとアベル

カインとアベルは、アダムとエバの子として生まれた最初の兄弟です。

兄カインは畑を耕し、弟アベルは羊を飼って生きていました。同じ家に育ち、同じ神に仕えながら、この兄弟のあいだで、人類史上初めての殺人事件が起こります。

兄は、なぜ弟を殺したのでしょうか。突然の激情でも、偶然の事故でもありません。

神に供え物をささげ、問いかけられ、引き返す機会を与えられた末に、カインは一線を越えました。本記事では、感情の説明ではなく、その出来事が起こるまでの順序と選択を追っていきます。

兄カインと弟アベルの異なる生き方

カインは畑を耕す者でした。土に触れ、種をまき、実りを待つ日々を送っていました。努力は結果に結びつくものだと、彼は信じていました。汗を流し、時間をかけることが、正しさにつながると考えていたのです。

一方、弟のアベルは羊を飼う者でした。群れを守り、命を見守る仕事です。羊の状態に目を配り、弱ったものを助ける。結果は自分だけでは決められないと、彼は知っていました。

二人は争ってはいませんでした。少なくとも、その時点では。生き方が違うことは、問題ではなかったのです。兄弟は同じ家に帰り、同じ時間を過ごしていました。

しかし、その違いが問題になることはありませんでした。どちらの仕事も、生きるために欠かせないものだからです。では、何が原因で、カインはアベルを殺すことになったのでしょうか。

カインとアベル

受け入れられた供え物と退けられた供え物

ある日、カインとアベルは神の前に供え物を置きます。カインは畑で得た産物を、アベルは羊の群れの中から最初に生まれたものと、その脂肪を選びました。どちらも、自分が生きてきた日々の結果でした。

神はアベルの供え物に目を留めます。しかし、カインの供え物には同じ仕方で応えませんでした。理由は告げられません。欠点が指摘されることも、改善点が示されることもありません。ただ、沈黙だけが残りました。

カインは、その沈黙を前に立ち尽くします。拒絶されたと言い切れる言葉はありません。それでも、自分だけが選ばれなかったという事実は、否定しようがありませんでした。努力が無意味だったのではないかという疑いが、心に入り込みます。

弟アベルは、何も語りません。誇ることも、弁解することもありませんでした。その無言の態度が、兄の前に結果だけを突きつけます。二人の間に、初めて越えられない差が生まれました。

カインの怒りと神の警告

カインの顔は伏せられ、言葉は少なくなりました。怒りは外に向かわず、内側で固まっていきます。神はその変化を見逃しません。

神は問いかけます。「なぜ怒るのか。なぜ顔を伏せるのか
それは叱責ではなく、立ち止まらせるための言葉でした。答えを出す前に、考える時間が与えられます。

神は続けます。「正しく行えば、受け入れられるではないか。罪は戸口で待ち伏せしている。だが、それを治めなければならない
選択肢は示されました。怒りに従うか、それとも踏みとどまるかです。

カインは答えませんでした。問いは胸に残りましたが、言葉にはなりません。彼の視線は、すでに弟の方へ向いています。問題は神との間ではなく、弟の存在へとすり替えられていきました。

野で起きた人類最初の殺人

野に行こう」。カインは弟に声をかけます。理由は語られません。仕事でも、用事でもありません。ただ人のいない場所へ向かう、その提案だけが残されています。アベルは拒みませんでした。

その後に起きた出来事は、簡潔な言葉で記されています。カインは弟アベルに襲いかかり、彼を殺しました。聖書は、その方法や詳しいやり取りを語りません。ただ、兄が弟の命を奪ったという事実だけを伝えます。

抵抗の声も、助けを求める叫びも記されていません。残されているのは結果だけです。人類の歴史の中で、初めて意図的に人の命が奪われた瞬間でした。

流された血は地に染み込みます。畑を耕して生きてきたカインの足元で、弟の血が地を濡らしました。その瞬間から、カインは自分の行いをなかったことにはできなくなります。

アベルの死を嘆くアダムとエバアベルの死を嘆くアダムとエバ

追放されたカインのその後

神は再びカインに問いかけます。「あなたの弟、アベルはどこにいるのか」
問いは、知らないことを確認するためのものではありませんでした。カインは答えます。「私は弟の番人なのでしょうか」。知らないふりをする言葉でした。

神は告げます。「弟の血が、地から私に叫んでいる
事実は隠せませんでした。畑は、もうカインに力を与えません。土は収穫を拒み、彼は定住できない者となります。

カインは、自分が殺されてしまうのではないかと恐れを口にします。弟を殺した者として、人々から報復されることを恐れたのです。

神はその恐れに応え、カインに印を与えました。それは、彼に手をかける者が現れないようにするための印でした。こうしてカインは、追放されながらも命だけは守られ、生き続けることになります。

カインはその場を去ります。行き先は示されません。家族のもとを離れ、地をさまよう者として生きることになります。殺しの後に残ったのは、死ではなく、生き続けなければならない時間でした。

まとめ:カインはアベルをなぜ殺したのか?

カインが向き合うべきだったのは、弟ではありませんでした。神との間に生まれた問いと、理由を与えられなかった不満です。しかし彼は、その問題を弟の存在に置き換えました。

引き返す機会はありました。問いかけも、警告も与えられています。それでもカインは答えず、弟を野に誘いました。殺しは衝動ではなく、選択の積み重ねの結果でした。

この物語が残しているのは、怒りの危険性という教訓ではありません。問題をどこに置くかという選択が、人をどこへ連れて行くのかという事実です。その問いは、今も私たちの前に置かれています。

カインとアベル

補足コラム:カインの「追放」とは何だったのか?

キリスト教に親しみのない読者にとって、「追放されたカイン」が何を意味するのかは分かりにくいかもしれません。ここで語られている追放は、単に神から見捨てられたということではありません。

カインは、殺しの罰として「地に定住できない者」となりました。畑を耕して生きてきた彼にとって、それは仕事を失うことを意味します。生活の基盤を奪われ、どこにも属せない存在として生きることになったのです。

一方で、神はカインに印を与え、殺されないようにしました。これは罪をなかったことにする赦しではありません。殺しを犯した者であっても、生き続け、その結果を背負い続ける存在として扱われた、ということです。

カインの追放とは、「死刑」ではなく、「逃げ場のない生」の宣告でした。この点を踏まえると、カインがアベルを殺した理由は、単なる怒りではなく、神との関係で生じた問いを誤った場所に置いてしまった結果だったことが、よりはっきり見えてきます。