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アブラハムは、英雄でも聖人でもありませんでした。故郷ウルで家族と暮らし、年を重ねてきた一人の人間です。
その彼に、ある日、理由も行き先も示されない言葉が告げられます。
「あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れ、私が示す地へ行きなさい」
説明はありません。保証もありませんでした。それでもアブラハムは、その声を退けずに歩き始めます。
恐れから真実を曲げ、約束が実現しない時間の中で自ら行動を選び、家族との別れを経験しながらも、関係そのものを断つことはありませんでした。
この物語は、正しさの記録ではなく、揺れ続けながらも従い続けた一人の人間の経過を描いています。
旅立ちの召命と信仰の始まり
神はアブラハムに語りかけます。
「あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れ、私が示す地へ行きなさい」
行き先は示されませんでした。保証もありません。ただ、祝福の約束だけが与えられます。
アブラハムはすぐに答えを返したわけではありません。しかし最終的に、彼は出発を選びます。
父テラとともにハランに留まっていた時期を経て、父の死後、改めて歩き出す形でした。慣れ親しんだ土地、家族との関係、積み重ねてきた生活を手放す決断でした。
この旅立ちは、勇気ある英雄的行為として描かれることがあります。しかし実際には、将来が見えないまま歩き出す不安な選択でした。アブラハムは確信ではなく、約束の言葉だけを携えて旅に出ます。
彼が捨てたのは財産だけではありません。自分が自分であることを支えてきた基盤そのものを手放し、未知の地へ向かう人生が、ここから静かに始まります。

妻サラを妹と偽った異国での危機
旅の途中で飢饉が起こり、アブラハムはエジプトへ向かいます。それは信仰的な選択ではなく、生き延びるための判断でした。神が示した地を離れる決断でもあります。
異国に入る前、アブラハムはサラに告げます。「あなたは私の妹だと言ってほしい」。理由は明確でした。妻だと知られれば、自分は殺され、彼女は奪われると考えたのです。当時、権力者の望みの前で、夫の立場は強く守られていませんでした。
その言葉は、計算の結果でした。神の約束を忘れたわけではありません。しかし、約束よりも目前の危険を大きく見てしまいました。アブラハムは、恐れを避けるために真実を曲げる選択をします。
結果としてサラは王の家に連れて行かれます。事態は人の力では収まりませんでした。神が介入し、王は事実を知ります。アブラハムは守られますが、自らの判断が引き起こした危機でもありました。
この出来事は、アブラハムの信仰が常に揺るがなかったわけではないことを示しています。約束を受け取った者であっても、恐れの前で誤った選択をする。その現実が、ここではっきりと描かれています。
跡継ぎの約束とサラとハガルの出来事

神はアブラハムに、跡継ぎが与えられると約束していました。しかし年月が過ぎても、サラの胎に子は宿りません。年齢だけが重なり、約束と現実の間に、埋めがたい隔たりが生まれていきます。
やがてサラは提案します。自分の女奴隷ハガルを通して子を得ることでした。当時の慣習に照らせば異例ではなく、家を存続させるための現実的な選択でした。アブラハムはその言葉を退けません。
ハガルは身ごもります。その瞬間から、家の内側の関係は崩れ始めます。妊娠したハガルは主人サラを軽んじ、サラはその態度に耐えられなくなります。
サラはアブラハムに訴え、ハガルの処遇は彼女に委ねられます。追い詰められたハガルは家を去り、荒れ野へ逃げ出します。そこで主の使いが彼女に語りかけます。
「あなたはどこから来て、どこへ行こうとしているのか」
ハガルは戻るよう告げられ、身ごもった子にイシュマエルと名を与えるよう命じられます。この出来事の後も、約束はすぐには実現しませんでした。
その後、サラは身ごもり、イサクが生まれます。

アブラハムとハガルとイシュマエル
イサクが生まれたあと、家の中の状況は変わります。跡継ぎとして迎えられたイサクの存在は、家族の関係を改めてはっきりと分けることになりました。
やがて、イシュマエルが成長すると、サラはその姿に不安を覚えます。二人の子が同じ家で育つことは、争いを残すと感じたからです。サラはアブラハムに、ハガルとイシュマエルを家から去らせるよう求めます。
その願いは、アブラハムを深く悩ませました。イシュマエルもまた、自分の子であったからです。しかし神は語ります。「サラの言葉に従いなさい」と。そして同時に、イシュマエルについても約束が告げられます。
アブラハムは水と食料を与え、二人を送り出します。それは追放というより、家族を分ける決断でした。彼にとってハガルとイシュマエルは、失敗の象徴ではなく、自分の人生に確かに存在した家族でした。
この別れにの後、アブラハムは再び、息子を手放す経験をします。ハガルとイシュマエルは荒れ野をさまよいますが、神は彼らを見捨てず、水のある場所へ導き、イシュマエルは成長して独立していきます。
イサクを献げるよう命じられた究極の試練
神はアブラハムに命じます。「あなたの愛する子、イサクを献げなさい」。理由は示されません。祝福の約束もありませんでした。残されたのは命令だけです。
アブラハムは問い返しません。翌朝、彼は早く起き、薪を割り、ロバに荷を載せます。イサクと二人きりで山へ向かい、道のりは数日に及びました。移動の間、言葉は少なく、準備だけが進められます。
道中、イサクが尋ねます。「火と薪はあります。では、献げ物はどこにあるのですか」。アブラハムは答えます。「神ご自身が備えてくださる」。
山の上で、アブラハムは刃を取ります。約束の子を失えば、これまでの歩みすべてが崩れます。それでも彼は手を止めませんでした。その瞬間、神が呼び止めます。
イサクは救われ、代わりの献げ物が示されます。この出来事は、服従の物語ではありません。理解できない命令の前で、関係を断ち切らなかったという選択の物語です。

アブラハムの静かなる死
イサクを山から連れ帰った後も、アブラハムの生活は続きます。特別な奇跡や新たな命令が記されることはありません。彼は与えられた地に留まり、家族とともに日々を重ねていきました。
やがてサラが死に、アブラハムは妻のために墓地を求めます。それは初めて、自分のためではなく、死者のために土地を取得する行為でした。約束の地において、彼が確かに所有したものは、墓だけでした。
時が過ぎ、アブラハムは年老いて死にます。長い旅の終わりは静かで、壮大な場面はありません。イサクとイシュマエルはともに父を葬り、二人の息子が並んでその場に立ちます。
アブラハムの人生は、完成や達成を示す形では閉じられていません。残されたのは、歩き続けたという事実と、断たれなかった関係だけでした。その関係は、彼の死後も物語の中に受け継がれていきます。
まとめ:アブラハムはなぜ神に従い続けたのか?
アブラハムの歩みは、一貫した成功の物語ではありません。
恐れから真実を曲げ、約束が実現しない時間の中で自ら行動を選び、家族を分ける決断を重ねてきました。それでも彼は、その都度、神との関係を断つ選択だけはしませんでした。
従い続けた理由は、確信や勇気が揺るがなかったからではありません。分からないままでも離れず、問いを抱えたまま立ち続けたこと。その積み重ねの中で、神との関係は「契約」として形を持っていきます。
その歩みは、生きている間に完成を見ることはありませんでした。それでも彼は、約束を手に入れないまま死に、その関係だけを次の世代に残しました。
この物語が語るのは、迷いと失敗を抱えたままでも、関係を手放さなかった人間の歩みが何を生み出したのかという一点です。

アブラハムの物語の途中には、個人の歩みとは異なる場面が挿入されています。それが、ソドムとゴモラを巡る出来事です。
神はアブラハムに、町が滅ぼされることを告げます。その地には甥ロトが住んでいました。知らせを受けたアブラハムは、その場を離れず、神の前に立ち続けます。「正しい者まで、悪い者と一緒に滅ぼすのですか」。
彼は正しい者の人数を下げて問い続けます。50人から始まり、45人、40人、30人、20人、10人へ。神はその都度、言葉を退けることなく受け止めます。
やがて裁きは実行されます。町は滅びますが、ロトは家族とともに逃がされます。逃走の途中、ロトの妻は振り返り、塩の柱となります。
この場面は、アブラハムが神との関係を、他者のためにも用いたことを静かに示しています。

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