
12月17日は、カトリック教会で「聖ベガ」を記念する日です。
彼女は中世ヨーロッパで、信仰と家族の絆を大切にした女性として知られています。
夫を失うという深い悲しみを乗り越え、祈りと奉仕の道を歩んだ彼女の人生は、今日の私たちにも多くの気づきを与えてくれます。
Contents
聖ベガ|プロフィール
- 名前
聖ベガ(Saint Begga) - 生没年
615年頃〜693年12月17日 - 出身地・時代背景
ベルギー南部ニベル(当時はフランク王国の一部)出身。メロヴィング朝と呼ばれる時代の社会で貴族として育つ。 - 肩書き・役職
修道女・修道院創立者
聖ベガの生涯
青年期と家族
ベガは、フランク王国の有力な政治家である宰相ピピンの娘として生まれました。幼いころから家族と信仰に囲まれて育ち、妹のゲルトルーディスと共に敬虔な信仰生活を送っていました。
やがて成長したベガは、聖アルヌルフの息子アンセジルと結婚します。アンセジルとの間には子どもが授かり、そのうちの一人が後に歴史に名を刻むピピン3世でした。
彼はのちにカロリング朝を築く祖となります。ベガは母として家族を支えながら信仰を大切にしていました。
深い悲しみと新たな歩み
しかし、幸せな日々は長く続きませんでした。夫が争いの中で命を奪われてしまい、ベガは深い悲しみに包まれます。
その心を癒すため、彼女は巡礼の旅に出て、ローマへ向かいました。ローマでは多くの教会や信仰の場に触れ、祈りと静けさの中で心を整えたと伝えられています。
アンデンヌでの奉仕
ローマから戻ったベガは、故郷のアンデンヌに戻り、そこで新たな人生を歩み始めます。
彼女はローマの教会を模した七つの教会と女子修道院を建て、そこで祈りの共同体を築きました。修道女たちと共に日々祈り、助け合いながら生活する姿は多くの人々に感動を与えました。
ベガはここアンデンヌで生涯を終え、693年12月17日に静かに息を引き取りました。その生涯を通じて、彼女は信仰と奉仕の道を歩み続けたのです。
聖ベガの名言・エピソードから学ぶ
信頼できる出典に残る確かな「言葉」としては記録が薄いため、逸話ではなく、彼女の行動そのものが信仰の言葉と言えます。
七つの教会と修道院を建てて祈りの共同体をつくったことは、彼女の信仰が行動として現れた証です。
カトリック的ポイント解説
聖ベガの人生は、失った悲しみに向き合いながらも、信仰を支えとする姿勢が印象的です。
ローマ巡礼に出たことや、修道院をつくって祈りの生活を共同で行ったことから、祈りと共同体の大切さを教えてくれます。
現代の信仰生活でも、困難に直面した時に祈りを中心とした共同体の支えが心の支えとなることを示しています。
聖ベガ|ゆかりの地・書籍・芸術
彼女に関する具体的な書籍や映画は少ないものの、アンデンヌに残る聖ベガ教会は、彼女の功績を今に伝える重要な場所です。
また、ベルギーの多くの教会や信仰芸術にも、彼女を描いた作品を見ることができます。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖ベガは、家族の絆と深い信仰を大切にしながら生きた女性でした。
悲しみを経験しながらも、その心を祈りと共同体に向け、教会と修道院の建設に尽力した姿は、今日の私たちにも大切な教えを残しています。
信仰とは単なる言葉ではなく、行動として現れるものであり、支え合い、祈ることの大切さを彼女の人生から学ぶことができるでしょう。

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