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8月12日は、カトリック教会で「聖アンジェリス司祭と殉教者たち」を記念する日です。
聖アンジェリスは、遠くイタリアのシチリア島から日本に渡り、江戸や仙台で信仰を伝えた司祭でした。やさしい人柄と、日本の文化を尊重する姿勢で多くの人に愛されました。
しかし、徳川家光の弾圧の中で50名の仲間とともに命をささげたのです。江戸の殉教者として語り継がれる彼の生涯は、困難の中でも希望を失わない強さを教えてくれます。
聖アンジェリス|プロフィール
- 名前
聖アンジェリス司祭(Saint Angelus) - 生没年
1567年〜1623年 - 出身地・時代背景
イタリア・シチリア島。日本では江戸時代初期、キリシタン弾圧の時代に活動 - 肩書き・役職
イエズス会司祭、殉教者
聖アンジェリスの生涯
青年期からの転機
アンジェリスは1567年、シチリア島に生まれました。18歳のときにイエズス会に入り、若いころから宣教への情熱を抱いていました。西インドで宣教の経験を積んだ後、ポルトガルで学び、31歳のとき司祭に叙階されます。信仰を生きる道を選んだ彼の目は、すでに遠い東の国、日本を見つめていました。
信仰と活動の展開
アンジェリスはインドやマラッカを経て、1602年に日本へ到着します。伏見や江戸で人々に寄り添いながら福音を伝え、病人や貧しい人の支えとなりました。
しかし1614年、キリシタン禁教令が発令され、彼は江戸から追放されます。それでも諦めず、翌年には仙台藩士の後藤壽庵に招かれ仙台で宣教。
さらに蝦夷(現在の北海道)まで足を運び、厳しい地で信徒を励ましました。信仰の灯を守るために、危険を恐れずに動く姿は印象的です。
晩年と殉教
1623年、徳川家光の命でキリシタンへの弾圧が強まりました。アンジェリスは捕らえられ、小伝馬町の牢に送られます。
そしてジョアン原主水やフランシスコ・ガルベス司祭、シモン遠甫ら50名の仲間とともに火刑に処されました。
この出来事は江戸で最初の大規模な殉教事件といわれます。殉教の地を偲ぶ記念碑は、東京のカトリック高輪教会に今も残り、その勇気を静かに語りかけています。
聖アンジェリスの名言・エピソードから学ぶ
残念ながら、アンジェリス自身の言葉は記録に残っていませんが、彼の行動そのものが「名言」だといえます。
迫害の中でも日本の人々を思い、貧しい人を助け続けた姿は、「信仰とは言葉よりも行動で証しするものだ」というメッセージを語っています。
現代を生きる私たちも、周りの人を思いやる小さな行動の中に、信仰や愛を表すことができるのではないでしょうか。
カトリック的ポイント解説
アンジェリスの生涯には、「愛と希望」というテーマが深く流れています。彼は、神の愛(カトリックでは「恵み」とも言います)を受け取り、それを人々に伝えるために命を使いました。
また、異文化の中で信仰を分かち合う姿は、私たちが違いを超えて支え合うことの大切さを教えてくれます。
信仰生活においては、彼のように「日常の中で愛を実践する」ことが、特別な才能よりも大切だと感じさせられます。
聖アンジェリス|ゆかりの地・書籍・芸術
- カトリック高輪教会(東京都港区)
「江戸の殉教者」の記念碑があります。訪れると、当時の信仰者たちの勇気を思い起こせるでしょう。 - 日本のキリシタン史を知る本では、殉教の歴史を取り上げた書籍にアンジェリスの名も見られます。特に、江戸時代のキリスト教弾圧を扱った歴史書では、彼の生涯が紹介されています。
- 芸術作品としては、江戸の殉教を描いた絵画やステンドグラスの中に、彼と仲間の姿を表現したものがあります。
まとめ|今今日の聖人から学べること
聖アンジェリス司祭と殉教者たちは、信仰の自由が奪われた時代にあっても、希望を手放さず、愛を選び続けた人々でした。
日本の文化を尊重し、仲間を守り、最後まで神への信頼を貫いたその姿は、今の私たちに「困難なときこそ人を思いやり、希望を分かち合う」大切さを伝えてくれます。
日常の小さな場面でも、アンジェリスのように勇気と優しさをもって歩むことで、私たちも誰かの支えになれるのではないでしょうか。

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