10月25日は、カトリック教会で「聖クリスピノとクリスピニアーノ兄弟」を記念する日です。
ローマの貴族の家に生まれながら、財産を捨てて靴職人として働き、宣教に生きた兄弟の姿には、ものづくりへの尊さ、信仰への確かな覚悟が映し出されています。
彼らが持っていた「靴」という職人の道具が、単なる道具以上の意味を帯びるまでになったその物語を、一緒にたどってみましょう。
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兄弟は、ローマの貴族の家に生まれ、幼少期からキリスト教信仰を持っていたと伝えられています。
迫害が始まると、すべての財産を捨ててガリアの地へ逃れ、そこで宣教の道を選びました。伝承では、彼らは夜に靴を作りながら、昼間には人々にキリストの教えを告げたとされます。
拠点を置いたのはソワソン近郊とされ、そこで靴職人として働きつつ、貧しい人々には靴を無償で提供。また、職人の作業場が“福音を語る場”となり、多くの人々がクリスチャンとなっていきました。
しかし、ローマ皇帝(伝承では マクシミリアヌス)がその地を訪れた際、兄弟はキリスト信仰を捨てないとして訴えられ、捕縛されます。拷問を受けながらも断固として信仰を守り、最終的には斬首の刑を受けて殉教しました。
このように、彼らは“働く宣教師”として、手を動かしながら信を告げるという稀な姿を現しました。
兄弟の殉教は、286年ごろとも言われ、彼らの生涯はその後多くの職人ギルドにとって象徴となりました。
靴職人・革職人・製皮業者などの守護聖人として敬われ、彼らの工房の様子や靴作りの道具をモチーフにした芸術作品も残されています。
彼らの生涯は、信仰と働きが一体となった“日常の聖性”を現代に問いかけています。
明確な「格言」として伝えられている発言は少ないのですが、彼らの生涯を通じて語られる言葉があります。たとえば、伝承には以下のような言い回しがあります。
「あなたの脅しは私たちを怖がらせません。なぜなら、キリストが私たちの命であり、死は私たちの益です。」
(出典:カトリック百科事典)
この言葉から読み取れることは、
という三点です。現代においても、「働くこと=召命」を再考するうえで、彼らの言葉と生き方は大きなヒントとなります。
王ヘンリー五世は戦いを前に兵士たちへこう呼びかけます。
「私たちは少数だ。だが幸福な少数だ。兄弟の絆で結ばれた仲間たちだ。」
この言葉は“聖クリスピンの日(St. Crispin’s Day)”の精神と重なり、友情と勇気を象徴する名台詞として、今もイギリス文化の中で語り継がれています。
聖クリスピノとクリスピニアーノ兄弟は、貴族の出身から一転して靴職人となり、単なる職人としてではなく、手を働かせながら福音を伝える宣教師としての道を選びました。
彼らが夜間に靴を作って日中に教えたというその姿には、働くことそのものを神への奉仕と捉える視点があり、物質に執着せず「与える生き方」を全うしました。
そして、迫害に直面しても信仰を捨てず、殉教を通じて自身の生涯を神への捧げものとしました。
ものづくりや職人の仕事を尊び、その手元にある道具や材料にも価値を見出す――そんな小さな祈りが込められています。