1月21日は、カトリック教会で「聖アグネスおとめ殉教者」を記念する日です。
彼女は、13歳前後という非常に若い年齢で殉教したと伝えられている少女でした。
恐れよりも信仰を選んだその姿は、時代を越えて静かな感動を与えてくれます。
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アグネスは、ローマの名門の家に生まれたと伝えられています。当時は、キリスト教徒が捕らえられ、命を落とすことも珍しくない迫害の時代でした。
多くの信徒が信仰を守って殉教していく姿を見て、アグネスもまた、富や名声より神に生きたいと願うようになります。
美しく、家柄にも恵まれていたアグネスには、いくつもの縁談が持ち込まれました。
しかし彼女は、それらをすべて断ったと伝えられています。彼女の心はすでに神に向けられており、世の栄誉よりも信仰を選んだからです。
やがてアグネスがキリスト信者であることが知られ、彼女は訴えられます。どのような脅しや拷問にも屈することなく、信仰を捨てなかった彼女は、ついに死刑を言い渡されました。
そのとき彼女は、
「キリストはわたしの花婿です。最初に選んでくださったのはキリストですから、わたしはその方に従います」
と告げ、命をささげたと伝えられています。
伝承によれば、彼女は13歳前後という、まだ少女と呼ばれる年齢でした。
聖アグネスが13歳で殉教したという話は、古くからの教会の伝承に基づいています。ただし、当時の正確な出生記録は残っていないため、年齢を断定することはできません。
しかし、4世紀の教父アンブロジウスらは、彼女を「まだ幼い少女」と表現しており、また当時のローマ社会で縁談が始まる年齢を考えると、12〜14歳ほどであった可能性は高いと考えられています。
そのため、教会では「13歳前後で殉教したと伝えられる若い殉教者」と理解されています。
聖アグネスは、美術の中で羊を抱いた姿で描かれることが多い聖人です。
これは、彼女の名前アグネスが、ラテン語で「子羊」を意味する「アグヌス」に音が似ていることに由来すると言われています。
子羊は、純粋さや無垢、そして神にささげられた存在の象徴です。その姿は、若くして信仰を守り抜いたアグネスの生き方と重なります。
後の時代、ローマ皇帝コンスタンティヌスは、自分の娘にアグネスの墓の前で洗礼を受けさせたと伝えられています。
その墓の上には、現在もローマにサンタニェーゼ・フォーリ・レ・ムーラ聖堂(聖アグネス聖堂)が建てられ、巡礼者を迎えています。
聖アグネスおとめ殉教者は、13歳前後という若さで信仰を守り抜いたと伝えられる少女でした。
正確な年齢は分からなくとも、恐れや迷いより神を選んだその決断は、今も力強く語りかけてきます。