10月16日は、カトリック教会で「聖マルガリタ・マリア・アラコック」を記念する日です。
彼女は17世紀フランスで生き、イエス・キリストの「み心(聖心ともいう)」への信心を広めた人として知られています。
祈りと病と試練をとおして、神の深い愛にふれたその物語をご一緒にたどってみませんか。
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マルガリタは、ブルゴーニュ地方のロトクールで裁判官の娘として生まれました。幼いころから信仰深く、静かに祈ることを好んだと言われています。
8歳のときに父を失い、家庭環境は厳しくなりました。11歳のときに重い病にかかり、4年間ほど床に伏すような闘病生活を経験しました。この時期、彼女は聖母マリアに祈り、「修道者になる」誓願をたてたとも伝えられます。
青年期になると、家族から縁談を勧められることもありましたが、マルガリタは修道生活を選ぶ決意を固めます。 そして1671年、パレ=ル=モニアルにある聖母訪問会(Visitation 会)の修道院に入り、修道女としての道を歩み始めました。
1673年から1675年にかけて、マルガリタはイエス・キリストより幻視(ビジョン)を何度か経験したと伝えられています。
その中で特に有名なのが、1673年12月27日に、礼拝堂で祈っているときにイエスが彼女の前に現れ、「人びとを愛するために多くの苦痛を忍んだわたしの心を見なさい」と告げられたという体験です。
また、聖体(聖餐、聖体拝領)を通してイエスの心(聖心)への崇敬を深めるようにという使命も与えられたと伝えられます。
マルガリタは最初、この幻視やメッセージを修道院の上層部になかなか理解してもらえず、反対や誤解に苦しみます。
しかし、イエズス会の司祭クロード・ド・ラ・コロンビエールが彼女の信仰と幻視を支持し、励ましてくれました。この協力を得ながら、マルガリタは修道院内で“聖心の祝日”(聖心を記念する日)を静かに祝ったり、聖体礼拝(主の臨在を礼拝する時間)を設けたりするようになります。
また、「第一金曜日の信心」(毎月の最初の金曜日に特別な意向で聖体拝領を行う信心)や、「木曜日の聖時間(聖体礼拝)」などがこの信心の実践として提唱されました。
こうした活動は少しずつ理解を得て、彼女の死後、み心の信心(イエスの聖心への崇敬)はフランス国内のみならず、世界に広がっていきました。
マルガリタは晩年も病を患い、苦しみの中で多くの時間を祈りに捧げました。その病床で、彼女は「私には神だけがあればよい、そしてイエスの心に溶け込ませてください」という言葉を何度も口にしたと伝えられています。
1690年10月17日、彼女は聖名を唱えながら亡くなりました。死後、その生涯と幻視の報告は教会で長く検証され、やがて1864年に列福、1920年に列聖されました。
教皇ベネディクトゥス15世による列聖により、彼女は正式に教会の聖人として認められました。
一つ信頼できる出典に基づく言葉として、彼女が死の間際に繰り返したと伝えられる言葉があります。
「私には神だけがあればよい、そしてイエスの心に溶け込ませてください」
この言葉は、彼女の信仰の核心をよく表しています。すべてのものを手放しても、神だけを必要とする、イエスと一つになることを願う心。彼女の生涯は、この願いに従って祈りと苦しみを受け入れた道でした。
また、彼女が幻視を体験した際、イエスが語った言葉として「人びとを愛するために多くの苦痛を忍んだわたしの心を見なさい」という呼びかけがあります。
これは、ただ感情的な言葉ではなく、イエスの犠牲的な愛を深く心で理解せよという挑戦を伝えるメッセージです。マルガリタはこの言葉に応えようと、その愛を信者たちに伝える道を選びました。
聖マルガリタ・マリア・アラコックは、病や試練という困難を抱えながらも、深い祈りと信仰によって、イエス・キリストの「み心(聖心)」への崇敬を世界に広めた聖人です。
彼女の生涯は、私たちに「神の愛を信じる」こと、「苦しみの中にあっても祈り続ける」こと、「神との親しい交わりを日々育む」ことの大切さを教えてくれます。
私たちも、日常の中で少し時間を取って祈ることで、イエスのみ心に触れ、励まされることができるでしょう。