
11月28日は、カトリック教会で「聖カトリーヌ・ラブレー」を記念する日です。
彼女は「不思議なメダイ(お守り)」で世界中に知られる聖人で、病気回復や回心の証しが後を絶たないことで有名です。
静かな祈りと奉仕に生きながら、世界を動かすほどの信仰のしるしを受けた特別な修道女です。
Contents
聖カトリーヌ・ラブレー|プロフィール
・名前
聖カトリーヌ・ラブレー/Catherine Labouré
・生没年
1806〜1876年
・出身地・時代背景
フランス・ブルゴーニュ地方。ナポレオン時代を経て社会が大きく揺れ動く19世紀のフランスで生きました。
・肩書き・役職
愛徳姉妹会の修道女
聖カトリーヌ・ラブレーの生涯
青年期からの転機|母の死と召命
カトリーヌは、裕福な農家に17人兄弟の9番目として生まれました。9歳で母を亡くし、家事を助けながら育ったことが、後の奉仕の姿勢につながったといわれます。
成人すると、修道生活への思いを父に反対されましたが、祈りのうちにその召命は深まっていきました。そして1830年、ようやく愛徳姉妹会に入会し、パリのバック通りの修道院に派遣されます。
信仰と活動の展開|二度の聖母マリアの示現
修練期のパリで、カトリーヌは2度にわたり聖母マリアの示現を受けました。
1度目は1830年7月18日の夜。修道院の礼拝堂で祈っていると聖母が現れ、彼女の使命について語ったとされます。そして同年11月27日、2度目の示現の際、聖母はカトリーヌに不思議なメダイ(お守り)を作るように勧めました。
表面には聖母が光を放つ姿、裏面には十字架と心臓が刻まれ、神の恵みを象徴しています。
この出来事は、当時のパリ大司教区の調査委員会によって1836年に正式に認められ、メダイ(お守り)の制作と普及が進められました。
メダイの広まりと晩年
メダイ(お守り)の普及とともに、病気の回復や信仰の再発見など、多くの奇跡が報告されるようになります。
しかしカトリーヌ自身は、目立つことを好まず、厨房や貧しい人々の世話など、あくまで静かな奉仕のうちに生涯を過ごしました。
彼女は1876年に亡くなり、その遺体は現在もパリ・バック通りにある愛徳姉妹会本部の礼拝堂に安置されています。
聖カトリーヌ・ラブレーの名言・エピソードから学ぶ
「わたしはただ、神の道具にすぎません。」
これは彼女が生前に語ったとされる、もっともよく知られた言葉です。
聖母から特別な使命を受けながらも、自分が偉大な存在ではなく、神が働くための小さな器にすぎないという姿勢を貫きました。
この謙遜こそ、多くの人に感動を与え続けている理由の一つです。
カトリック的ポイント解説
聖カトリーヌが特に示したのは、祈りと謙遜と信頼の大切さです。
彼女は大きな奇跡の源となりましたが、自分の力を誇ることなく、あくまで祈りの沈黙の中で神に身をゆだねました。
不思議なメダイ(お守り)が象徴するテーマ
- 神の母マリアの取り次ぎ
- 神の恵みはすべての人に注がれること
- 弱さの中で働く神の力
現代でもメダイを身につける信者は多く、希望や癒しの象徴として親しまれています。
聖カトリーヌ・ラブレー|ゆかりの地・書籍・芸術
- ゆかりの地
パリ・バック通り(Rue du Bac)の愛徳姉妹会本部は、今も世界中の巡礼者が訪れる聖地です。彼女の遺体が安置され、「不思議のメダイの聖堂」として知られています。 - 書籍
『聖カトリーヌ・ラブレー伝』など、示現の記録を扱う伝記が多く出版されています。 - 芸術
不思議のメダイそのものが、カトリックの芸術として広く浸透しており、絵画や彫刻、聖堂装飾でも多く取り上げられています。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖カトリーヌ・ラブレーの生涯は、静かで控えめでありながら、世界中の人に恵みを届ける大きな力を持っていました。
彼女が示したのは、「神は小さな器を通しても大きなことをなさる」という希望です。不思議なメダイ(お守り)を通して、今も多くの人が祈りと癒しへと導かれています。
私たちも日々の小さな奉仕や祈りの中で、神の働きに気づく心を大切にしたいものです。
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