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使徒聖ペトロ教会と使徒聖パウロ教会の献堂聖ペトロ大聖堂/聖パウロ外壁大聖堂

11月18日は、カトリック教会で「使徒聖ペトロ教会と使徒聖パウロ教会の献堂」を記念する日です。

ふだんのように“人の聖人”を祝いません。かわりに、教会の歴史を支えてきた二つの大聖堂の“誕生日”を祝う日 となっています。

一見めずらしいタイプの記念日ですが、これには深い歴史と信仰の意味が込められています。今日は、その背景を「歴史・典礼・意義」の三つの視点からたどっていきましょう。

二つの大聖堂が立つ“殉教の地”

まず、この記念日の核となるのは、聖ペトロと聖パウロの殉教の場所に建てられた二つの大聖堂です。

  • 聖ペトロ大聖堂
    ペトロはネロ帝の迫害の中、ヴァチカンの丘で十字架に逆さまにかけられ殉教したと伝えられます。その墓の上に、4世紀にコンスタンティヌス帝が最初の大聖堂を建てました。
  • 聖パウロ外壁大聖堂
    パウロはローマ郊外の“三泉(トレ・フォンターネ)地区”で殉教し、墓所の上に同じ時代に大聖堂が建てられました。

これらの場所は、古代から巡礼者たちが集い、「使徒の信仰と命の証し(マルチリア)が刻まれた場所」 として特別に扱われてきました。

そのため、二つの聖堂の献堂日は、聖ペトロと聖パウロそのものを記念する日にも等しい重みを持っているのです。

※聖パウロ外壁大聖堂の正式名称は「Basilica di San Paolo fuori le Mura」。この “fuori le mura” は「城壁の外に」という意味です。

11月18日という日付の由来

歴史をさかのぼると、聖堂の献堂日は次のように伝えられています。

  • 聖ペトロ大聖堂の献堂日:325年ごろ
  • 聖パウロ外壁大聖堂の献堂日:390年ごろ

異なる日に献堂されましたが、古代ローマでは次第に「二人の使徒は教会の二本の柱である」という理解が広まり、両方の献堂日を “ひとつの記念日” として祝う習慣 が生まれました。

これが現在の 11月18日の起源 です。

つまり、この日は“建物そのもの”よりも、「使徒ペトロとパウロの信仰を受け継ぐ日」 として意味づけられてきたのです。

なぜ献堂日が「聖人の日」に入っているのか

カトリックの典礼暦では、聖人の命日だけでなく、いくつかの「教会の歴史的出来事」も記念日として定められます。

その中でもとくに重要なのが“ローマの四大バシリカの献堂日”です。

  1. ラテラン大聖堂(全教会の母)
  2. 聖ペトロ大聖堂
  3. 聖パウロ外壁大聖堂
  4. サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂

これらはローマ教会の中心であり、全世界のカトリック教会を象徴する“根”のような存在 です。そのため、献堂日は一般の聖人記念日と同じレベルで大切にされ、世界中の教会で祝われるようになりました。

つまり「11月18日」は、“教会そのものを記憶する日”“使徒たちの信仰を引き継ぐ日”として典礼の中に組み込まれているのです。

この日が伝えるメッセージ

二つの聖堂を思い起こすことは、建築物の歴史を語る以上の意味を持っています。そこには、今日を生きる私たちへの霊的なメッセージが隠されています。

信仰は「場所」によって守られてきた

古代から多くの巡礼者が、使徒たちの墓を訪れ、祈り、涙を流し、強められてきました。場所には、人々の信仰が積み重ねた“記憶”が宿っています。

教会は人の集まりであり家族

二つの聖堂は、教会が“建物に閉じた組織”ではなく、「信仰をともにする家族」 だということを思い出させてくれます。

二人の使徒の使命は、今も教会を支えている

ペトロ:ゆるしと一致のしるし
パウロ:宣教と希望の使徒
彼らの精神は、教会を支える“二本の柱”として今も生き続けています。

今日の記念日から学べること

11月18日の記念日は、私たちにこう語りかけます。「あなたの信仰には“根”がありますか?」

教会の歴史をつくった使徒たちを思い起こすことは、私たちの信仰の土台を再確認することでもあります。

そして、教会という場所が何百年も祈りや希望を受け止めてきたように、私たちもまた、家族や友人、地域の人々の希望を支える存在になれるのだと教えてくれます。

まとめ

11月18日の「使徒聖ペトロ教会と使徒聖パウロ教会の献堂」は、人物ではなく“信仰の中心地”を記念する特別な日です。

二つの大聖堂は、使徒ペトロとパウロの殉教と宣教の歴史をそのまま伝え、今日まで教会の歩みを支えてきました。

この日は、教会がどのように生まれ、どのように信仰を守ってきたかを思い返し、私たち自身の信仰の“根”を見つめ直す機会となっています。