
10月19日は、カトリック教会で「聖福者ティモティオ・ジャッカルド」を記念する日です。
彼は、印刷・出版という新しい手段を用いて「福音を伝える」ために生涯をささげた司祭であり、教会の働きにおいて先駆的な存在でした。
普段私たちが使う新聞や雑誌、メディアの原点とも言える「印刷を使って福音を伝える」という視点に立った彼の姿から、いまを生きる私たちにも学ぶことが多くあります。
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聖福者ティモティオ・ジャッカルド|プロフィール
・ 名前
ティモティオ・ジャッカルド/Timoteo Giaccardo
・ 生没年
1896年6月13日〜1948年1月24日
・ 出身地・時代背景
イタリア北西部、ピエモンテ州クネオ県ナルトツォーレ(Narzole, Province of Cuneo)に生まれ、20世紀初頭、印刷・出版というメディアが新たな広がりを見せ始める時代に育ちました。
・ 肩書き・役職
聖パウロ修道会の最初の司祭、教会内における印刷・出版・コミュニケーション使徒職の先駆者。
聖福者ティモティオ・ジャッカルドの生涯
青年期からの転機
ティモティオ・ジャッカルドは、1896年6月13日にイタリア・ナルトツォーレで、農家の家庭に生まれました。
幼い頃から信仰心深い家庭で育ち、12歳の頃には、同地に派遣された司祭であったGiovanni‑Baptista Alberione神父と出会います。この出会いが、やがて印刷・伝道という新しい働きへ向かう転機になったのです。
1917年には、アルベリオーネ神父が創立した聖パウロ修道会に入会し、2年後の1919年10月19日、司祭に叙階されました。このとき彼は「ティモティオ」という修道名を取り、新たな働きに身を投じる準備を整えました。
信仰と活動の展開
司祭として叙階された後、彼は柔和で勤勉、そして忍耐深い性格をもって、修道会内外でさまざまな働きを担いました。記事・編集作業、印刷・出版業務、志願者の養成、さらには会計係や院長といった役職も務めました。
資料によれば、「新聞・出版」というメディアを使って福音を伝える新しい方法を見出そうとした者として、教会から「印刷の使徒」としての評価を受けています。
1926年1月、アルベリオーネ神父の指示でローマに赴き、聖パウロ修道会の最初の支部を立ち上げるために出向しました。
その後1936年にはアルバに戻り、本部母屋の院長となり、修道会・姉妹会の設立・育成に深く関わりました。 特に、女子修道会である「聖ディヴァイン・マスターのピオーザ・ディシーピル」の教皇直轄修道会としての承認を得るため、父親のように献身した働きをしました。
当時、修道会の立ち上げ期には多くの無理解や経済的困難がありましたが、彼はアルベリオーネ神父を支え、兄弟たちを導き、修道会の土台を築いていきました。マリアへの深い信心と、謙虚で従順な姿勢は、多くの人に愛され、その働きにも大きな信頼を集めました。
晩年の病や評価
1948年1月12日に、彼が深く関わった修道会が教皇によって承認された直後、急性白血病と診断されました。そして1948年1月24日、ローマにて、アルベリオーネ神父やシスターたちの見守る中、祈りのうちにこの世を旅立ちました。
その後、1989年10月22日、教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福され、「福者」ティモティオ・ジャッカルドとされました。
彼は、教会において「出版・印刷を通じて福音を伝える」働きのパイオニアとして、また「忠実な協力者」「兄弟たちを導く指導者」として、今なお多くの信徒に親しまれています。
聖福者ティモティオ・ジャッカルドの名言・エピソードから学ぶ
残念ながら、彼自身の典型的な「名言」が複数の信頼できる出典として簡潔に記録されているわけではありません。
しかし、彼の日記や修道会内の記録から、印刷・出版という支援的な使命を担った際の姿勢や言葉が紹介されています。例えば次のような言葉が伝えられています。
「主よ、私はあらゆる好みから、あらゆる嫉妬から離れたい。私の生きることになるただ一つの名をあなたに願う。それは…『ティモティオ』、聖パウロの愛された弟子の名です。」
この言葉には、彼の謙虚さ、自己意識の低さ、そして「ただ主のために使われる器でありたい」という願いが強く表れています。
背景には、彼が「印刷・出版」という新たな媒体を通じて福音を伝えるというチャレンジに直面しつつ、自らのエゴを越えて、神と教会の働きに全てを委ねようとした実践があったと言えます。
私たちもこの言葉から、何か特別な偉業を成すというよりは、「日々の小さな働きを、主のために謙虚に続けること」の大切さを学ぶことができます。
カトリック的ポイント解説
神学的に大事にしたテーマ
ティモティオ・ジャッカルドは、「印刷・出版=メディア」を通じて福音を伝えるという働きを、自らの司祭職の中心に置いていました。修道会の典礼文書でも、「印刷という使徒職は、書かれた説教である」という言葉が紹介されています。
彼は「聖体」「マリアへの信心」「共同体としての働き」を大切にしつつ、現代の技術・通信手段を福音宣教に生かそうとした先駆者でした。
現代の信仰生活にどう生きているか
現代は、情報通信が飛躍的に発展し、インターネットやSNSなどを通じて「情報発信」「コミュニケーション」が生活の中心になっています。
その中で、ティモティオ・ジャッカルドが生きた「印刷・出版を通じた福音宣教」の視点は、今日「デジタルメディアを通じて福音を伝える」と言い換えても通じるものです。つまり、信仰をもって日々使っているメディアを「ただ消費するもの」ではなく、「良き知らせを伝える手段」として、意識的に用いることが求められています。
また、彼のように「謙虚さ」「忍耐」「共同体のために尽くす姿勢」を持って、自分が直接目立たなくても、周囲のために働くこと—それも信仰者としての大切な態度です。
聖福者ティモティオ・ジャッカルド|ゆかりの地・書籍・芸術
- ゆかりの地
彼の出身地であるイタリア・ナルトツォーレや、司祭として活動したローマにある「聖母使徒の女王教会などが、彼の記念の場となっています。 - 書籍・伝記
「Bl. Timothy Giaccardo: An Obedient Prophet」(E. Fornasari著)など、彼の生涯を描いた伝記があります。 - 芸術作品・記念映像など
修道会公式サイトなどで彼の写真や短い記録動画が公開されており、「印刷・出版という使徒職」の象徴として紹介されています。特に、修道会の典礼祭文にも彼の「印刷=使徒職」というテーマが歌として盛り込まれています。
まとめ|今日の聖人から学べること
今日、福者ティモティオ・ジャッカルドの生涯を振り返ると、私たちは「目立たなくとも忠実に、時代の媒体を用いて福音を伝える」という姿勢の大切さを教えられます。
彼は決して派手な奇跡や華々しい活動だけに頼ったのではなく、印刷・出版という地味とも言える手段を用いて、教会の新しい使徒職を担いました。
また、彼の持っていた謙虚さ、マリアへの信心、共同体を支える姿勢は、私たちの日常生活の中でも手本になります。
特に、デジタル時代を生きる私たちにとって、「情報やメディアとどう向き合うか」「誰かのために自分の時間や労力を捧げるか」という問いへのヒントとなるでしょう。
たとえ小さな日々の働きでも、「主のために」「兄弟姉妹のために」続けることが、福音の光をこの世界に広げる道なのです。
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