1月30日は、カトリック教会で「聖バルドヒルド」を記念する日です。
彼女は、奴隷として連れてこられた過去を持ちながら、王妃となり、貧しい人びとのために国を導いた女性でした。
その人生は、苦しみと栄光が交差する、まれな歩みです。
しかし彼女が選んだのは、力を誇る道ではありませんでした。
弱い人に寄り添い続けた、静かで強い信仰の物語です。
Contents
聖バルドヒルドの人生は、突然の悲劇から始まります。
641年ごろ、彼女は海賊に捕えられ、奴隷としてフランク王国に売られました。
異国の地で、自由も家族も失った若い少女でした。
それでも、知性と品位を失わなかったと伝えられています。
その美しさと才知によって、国王クローヴィス2世の妃となります。
三人の子どもに恵まれ、王国の中心で生きる立場となりました。
王の死後、657年に長男が即位すると、バルドヒルドは摂政として国政を担います。
彼女は、貧しい人びとのために病院を建て、奴隷制度の廃止を進めました。
また、多くの修道院に寄進し、祈りと学びの場を支えました。
やがて、その改革は一部の貴族の反発を招きます。
665年、彼女は反対派によって修道院に幽閉されました。
しかし、そこで恨みを抱くことはありませんでした。
修道院では謙遜に神の望みを求め、院長に仕えて暮らしたと伝えられています。
680年ごろ、静かにその生涯を閉じました。
#4 聖バルドヒルドの名言・エピソードから学ぶ
聖バルドヒルドは、はっきりした名言を多く残した人物ではありません。
しかし、その生き方そのものが、強いメッセージとなっています。
奴隷として売られた過去を持ちながら、王妃となった後も、弱い立場の人びとを忘れませんでした。
特に、奴隷制度の廃止や病院の設立は、当時としては非常に勇気ある決断でした。
彼女の行動は、信仰が心の内にとどまらず、社会を動かす力になることを示しています。
聖バルドヒルドの信仰の中心にあったのは、謙遜と愛徳です。
王妃という高い地位にありながら、自分を誇ることはありませんでした。
神の前では、すべての人が等しく尊い存在だと、行いによって示したのです。
現代社会においても、力や立場をどう用いるかを考えさせてくれます。
聖バルドヒルドと深く関わる場所として知られているのが、フランスのシェル修道院です。
ここは、彼女が寄進し、晩年を過ごした修道院として大切に伝えられています。
中世以降の美術では、王冠と修道服の両方を身につけた姿で描かれることがあります。
それは、権力と奉仕という二つの生き方を併せ持った人物であったことを象徴しています。
聖バルドヒルドは、奴隷から王妃へ、そして修道女へと歩んだ女性です。
その人生は、地位や力が人の価値を決めないことを静かに語っています。
彼女が選んだのは、支配ではなく奉仕でした。
苦しみを知る者だからこそ、他者の痛みに寄り添うことができたのです。
今日の聖人は、私たちに問いかけます。
今、自分は誰のために生きているのか、と。