12月26日は、カトリック教会で「聖ステファノ」を記念する日です。聖ステファノは、キリスト教最初の殉教者として知られる人物です。
命の危険が迫る中でも、神を信じ、人を赦す祈りを捧げたその姿は、2000年を経た今も多くの人の心を打ちます。彼は、私たちに何を残したのでしょうか。
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イエス・キリストの昇天後、弟子たちを中心に教会は急速に広がっていきました。
信徒が増える一方で、教会の中には問題も生まれます。特に、ギリシャ語を話すユダヤ人のやもめたちが、配給から十分に配慮されていないという不満が出ました。
そこで十二使徒は、日々の配給と奉仕を担当する七人を選びます。聖ステファノはその一人でした。彼は、信仰と聖霊に満ちた人と評され、多くの人から信頼されていました。
しかし、彼の活動は反発も招きます。キリスト教に反対する人々は、聖ステファノが神殿を壊そうとしているという偽りの罪を着せ、彼を最高法院(衆議会)へ連行しました。
裁判の場で、聖ステファノは沈黙しませんでした。イスラエルの歴史を振り返りながら、人々が何度も神の呼びかけを拒んできたこと、そして今も救い主を退けてしまった事実を、落ち着いて語ったのです。
この言葉に、議員たちは激しく怒り、彼を町の外へ連れ出し、石打ちの刑にしました。その場に、後に使徒パウロとなるサウロの姿もありました。
石が投げつけられる中、聖ステファノは天を見上げ、最後にこう祈ります。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」
この祈りを残し、彼は静かに眠りにつきました。
「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」(使徒行録7章60節)
この言葉は、イエスが十字架上で語った祈りと重なります。自分を傷つける人を赦すことは、簡単ではありません。それでも聖ステファノは、最後まで神に信頼を置き、人を裁かず、祈りを選びました。
聖ステファノの生涯で大切なのは、赦しと証しです。信仰は言葉だけでなく、生き方そのものだと、彼は示しました。
現代でも、対立や誤解の中で、相手を赦す選択は勇気がいります。だからこそ、彼の姿は、日常の信仰生活に静かな問いを投げかけます。
聖ステファノは、多くの絵画やモザイクに描かれてきました。特に、石打ちの場面は、初代教会の緊張と信仰の強さを伝える重要な主題です。
ローマやエルサレムには、彼の名を冠した教会も残されています。
聖ステファノは、特別な力を持つ英雄ではありませんでした。教会の中で人に仕え、誠実に役割を果たした一人の信徒です。
しかし、命の終わりに示した赦しの祈りは、キリスト教の中心を静かに語っています。
正しさを主張するよりも、神に信頼し、人を思う心を選ぶこと。その姿勢は、忙しい現代を生きる私たちにも、確かな道しるべを与えてくれます。