8月9日は、カトリック教会で「聖テレジア・ベネディクタ」を記念する日です。
心で信じたことに、命をかけた女性がいました。
彼女はもともとドイツの哲学者・エディット・シュタインとして知られていました。ユダヤ人として生まれ、若いころは無神論者(神を信じない立場)でしたが、30歳のときにカトリックの信仰に出会います。
その後、カルメル会の修道女となり、「テレジア・ベネディクタ・ア・クルチェ(十字架に祝されたテレジア)」という名で祈りの生活に入りました。しかし、ナチスによるユダヤ人迫害のなか、強制収容所へと送られ、アウシュビッツで殉教します。
哲学、祈り、苦しみ、そして希望――現代を生きる私たちにも響く、深いメッセージを残してくれた聖人です。
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エディット・シュタインは、ユダヤ人家庭に生まれました。彼女が生まれた日はユダヤ教の大切な祝日「贖罪の日」で、家族にとって特別な意味があったようです。
頭の良さと探究心にあふれたエディットは、若いうちから哲学に興味を持ちます。そして大学では、現象学の創始者・フッサール教授のもとで学び、優れた博士論文を発表。ドイツ哲学界で注目される若手研究者になりました。
意外かもしれませんが、若いころの彼女は「無神論者」でした。目に見えないものより、論理や理性を重んじるタイプだったのです。
しかしそんな彼女の人生を変えたのが、カルメル会の聖女「アビラの聖テレサ」の著書『自叙伝』との出会いでした。
エディットはこの本を読み、「ここに本物の真理がある」と感じます。そしてカトリックの信仰を受け入れ、1922年、30歳で洗礼を受けました。
その後はカトリックの学校で教えたり、講演活動をしたりしながら、信仰と学問の橋渡しをするような働きを続けます。
そして42歳のとき、ついにカルメル会の修道女となります。「テレジア・ベネディクタ・ア・クルチェ(十字架に祝せられたテレジア)」という修道名を受け取り、祈りと沈黙の生活に入ります。
しかし、時代はナチスの時代へと突入していました。ユダヤ人への迫害が厳しくなり、修道会は彼女を守るためにオランダの修道院へ移しました。
ところが1942年、彼女と実の姉ローザも含めて、ユダヤ人出身の修道女たちが一斉に逮捕されます。彼女たちはアウシュビッツの強制収容所へ送られ、その地で命を落とします。死の直前、彼女はこう言ったと伝えられています。
「さあ、私たちの民のために。」
テレジア・ベネディクタの名言で特に知られているのは、こちらの言葉です。
「真理を求める者は、神を求めているのです。たとえそれに気づいていなくても。」
この言葉には、信仰を持たない人へのあたたかい眼差しが感じられます。
彼女にとって「真理」とは、神さまの愛そのものであり、それを知ろうとする心はすでに神に近づいているという意味です。
また、死の直前に語った「私たちの民のために」という言葉には、彼女が自分のユダヤ人としてのルーツと信仰の間に橋をかけようとしていたことがにじんでいます。
テレジア・ベネディクタの人生は、「神の愛の恵み(恩寵)」に導かれた歩みそのものでした。
彼女は知性の人でしたが、理性だけでは満たされない「魂の渇き」に気づき、祈りと出会います。これは多くの現代人にも通じる経験ではないでしょうか。
彼女が特に大切にしたのは「十字架」です。これは単に苦しみの象徴ではなく、「すべての人のために神が共に苦しんでくださる愛のしるし」なのです。
彼女の著作や手紙のなかには、神の沈黙に耐えながらも信じ抜く力がにじみ出ていて、私たちがつまずいたときに立ち返る言葉がたくさんあります。
「本当の真理は、愛と祈りのなかにある」――聖テレジア・ベネディクタの歩みがそう語っています。
彼女は、神を知らなかった過去も、差別や苦しみも、すべて神にゆだね、最期まで信じ抜きました。
私たちもまた、自分自身と向き合いながら、人生の中で「本当に大切なもの」を見つけていけたらいいですね。
明日もまた、新しい聖人との出会いが、あなたの心に光を届けてくれますように。