8月10日は、カトリック教会で「聖ラウレンツィオ」を記念する日です。
彼は3世紀ローマで活躍した助祭で、教会の財産を管理しながら貧しい人々を支え、「この人びとこそ、私たちの宝です」という名言を残しました。皇帝の迫害の中、教皇と同じ道を歩むことを選び、殉教したその姿は、今も多くの人に勇気を与えています。
聖ラウレンツィオは、単なる歴史上の人物ではありません。彼の生き方は、私たちに「本当に大切なものは何か」を問いかけてきます。
Contents
聖ラウレンツィオは、信仰深い両親のもとで育ちました。若いころから教会に仕えたいという思いを持ち、学問にも励みました。当時のローマは、表面上は平和でしたが、キリスト教徒にとっては厳しい時代。皇帝の政策次第で迫害が再燃する、緊張感ある社会でした。
ラウレンツィオは成長すると、ローマで教皇シクスト2世に仕える助祭となります。助祭とは、教会の礼拝や説教を助けるだけでなく、財産や施しを管理し、困っている人の支援を行う役割も持っていました。
ラウレンツィオは、特に貧しい人々への思いやりで知られていました。教会に寄せられる寄付や物資を、孤児や病人、高齢者など、助けを必要とする人に分け与えていたのです。彼の姿勢は単なる慈善ではなく、「すべての人は神の目に尊い存在」という信仰に基づいていました。
しかし、西暦258年、ヴァレリアヌス皇帝がキリスト教への大迫害を始めます。教皇シクスト2世は逮捕され、処刑が決定。ラウレンツィオは深い悲しみの中、最後まで教皇に寄り添いました。
教皇の死後、ラウレンツィオも逮捕されます。ローマ総督は教会の財産を狙い、「財産の目録を差し出せ」と命じました。数日後、ラウレンツィオは総督の前に現れます。しかし彼が連れてきたのは、大勢の貧しい人々でした。そしてこう告げたのです。
「この人びとこそ、私たちの宝です」
総督は激怒し、ラウレンツィオを火刑に処しました。伝承によれば、彼は焼かれながらも冷静に神への信頼を保ち、最後まで信仰を捨てませんでした。
彼の最も有名な言葉は、やはり「この人びとこそ、私たちの宝です」でしょう。
この一言は、教会が守るべき価値観を象徴しています。財産や権力ではなく、人こそが神の愛の対象であり、教会の真の宝だという考え方です。
現代の私たちにとっても、この言葉は響きます。仕事や日常生活で忙しくしていると、お金や効率ばかりに目が向きがちです。しかし、本当に価値のあるのは、人と人とのつながり、互いを思いやる心ではないでしょうか。
ラウレンツィオの生き方には、カトリック信仰の大切なテーマが凝縮されています。
今日のカトリック教会でも、8月10日は聖ラウレンツィオの祝日としてミサが行われ、特に貧しい人への奉仕や慈善活動が奨励されます。
聖ラウレンツィオは、「本当に大切な宝とは何か」を教えてくれる聖人です。
お金や物ではなく、人そのものが宝であるという視点は、現代社会でも色あせません。
私たちも日々の生活の中で、身近な人を宝物のように大切にし、その価値を認め合う心を持ちたいものです。
明日もまた、別の聖人の物語から、新しい気づきを見つけましょう。