8月28日は、カトリック教会で「聖アウグスティヌス」を記念する日です。
彼は「西洋最大の教父」と呼ばれ、キリスト教の歴史に決定的な影響を与えた人物です。若い頃は迷いも多く、さまざまな思想に心を揺らしながらも、母モニカの祈りによって信仰の道へと導かれました。
その生涯は、人がどのようにして「真理」と「神の愛」を見出すのかを教えてくれます。
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アウグスティヌスは354年、北アフリカの小さな町ダガステに生まれました。父はローマ官吏で信仰心が薄く、母モニカは熱心なキリスト教徒でした。
若い頃のアウグスティヌスは非常に優秀で、カルタゴの大学に進学します。学問と弁論術に秀でていましたが、同時に世俗的な楽しみや快楽にも惹かれ、内心は葛藤だらけでした。
彼はマニ教という宗教に傾倒し、また結婚が許されない立場で女性と生活を共にし、子どもをもうけました。この経験は後に彼の著作に深い影響を与えることになります。
383年、アウグスティヌスはローマ、そしてミラノへと移ります。そこで運命的な出会いを果たします。ミラノの司教アンブロジオです。
アンブロジオの温かく深い説教に心を打たれ、アウグスティヌスは次第にキリスト教へと心を開きます。母モニカの長年の祈りも彼の背中を押しました。
ついに386年、彼は大きな決断を下し、387年に洗礼を受けます。この出来事は「回心」と呼ばれ、彼の人生の転機となりました。
母モニカはその直後に亡くなりますが、アウグスティヌスは彼女の祈りに深く感謝しながら、故郷に戻り修道的な生活を始めました。
391年には司祭に任命され、396年にはヒッポの司教となります。そこで彼は説教と執筆を通して、人々に福音を伝え、異端と呼ばれる教えに立ち向かいました。
アウグスティヌスは司教としての責任を全うしながら、数多くの著作を残しました。その代表作が『告白録』と『神の国』です。
『告白録』では自らの弱さや迷いを赤裸々に語り、神の愛に導かれた体験を記しています。『神の国』では、人間社会の歩みと神の導きについて壮大な視点で語りました。
430年、ヒッポの町が侵略を受ける中、彼は76歳で静かに世を去りました。彼の生涯と著作は、西洋の思想と信仰に計り知れない影響を与え続けています。
アウグスティヌスの言葉で有名なのが
「愛しなさい。そして、あなたが望むことをしなさい」
この言葉は一見大胆に聞こえますが、その意味は深いものです。彼にとって「愛」とは、ただの感情ではなく「神の愛に根ざした行動」のことでした。
もし本当に愛をもって生きるならば、その人の行動は自然と正しい方向に導かれるという信頼が込められています。
現代に生きる私たちにとっても、この言葉は「まず愛を基準に考えること」の大切さを思い出させてくれます。
アウグスティヌスが特に強調したのは「神の愛の恵み(恩寵)」です。
彼は、人間は弱く迷いやすい存在だけれども、神の愛と恵みによってこそ正しい道を歩めると語りました。この考え方は、その後の神学や教会の教えに大きな影響を与えました。
難しく聞こえる「恩寵」という言葉も、「神が先に私たちを愛し、支えてくれる」という意味に置き換えるとわかりやすいのではないでしょうか。今日でも多くのキリスト者が祈りや生活の中で、このアウグスティヌスの視点に励まされています。
アウグスティヌスゆかりの地は、北アフリカのヒッポ(現アルジェリアのアンナバ)です。彼が司教として活動した町には、今も彼を記念する聖堂があります。
著作としては、『告白録』と『神の国』が特に有名で、今日でも世界中の読者に親しまれています。『告白録』は自分の心を振り返る助けとなり、『神の国』は歴史や社会を超えて「信仰の意味」を考える手がかりを与えてくれます。
また、西洋絵画の中でも、書物を手にした司教服姿のアウグスティヌスはよく描かれ、偉大な知恵の象徴とされています。
聖アウグスティヌスは、迷いや葛藤を抱えながらも、神の愛に導かれ、真理を求め続けた人でした。
その姿は「弱さを持ちながらも希望を失わない生き方」として私たちに響いてきます。
私たちも日々の生活の中で迷うことがありますが、アウグスティヌスのように「愛」を中心に据えて歩むことができるのではないでしょうか。
次回もまた、新しい聖人の生き方を共に味わっていきましょう。