アブデル、敢然とルシファーに答える
「背信の徒ルシファーよ! 汝の考えは、過っている。また、その過ちは、永遠に終ることはなかろう。真理の道からいったん踏み外してしまった以上は。
全能の神あるいは「自然」が定めた者に仕えることを、汝は隷属だと言って不当に貶めている。支配する者が価値において最高の者であり、その統治しているすべての者に優っている者であるならば、神も「自然」もそのことを命じているのは自然なことである。
隷属とは、今汝の部下が汝に仕えているように、愚かなる者に仕えることである。あるいは、己より価値が高き者、すなわち全能の神に叛逆した者に仕えるということだ。しかも、汝自身、自由な身どころか自分自身の奴隷になっているではないか。それでいて、我々が全能の神に仕えているのを卑劣にも罵っている」
「ルシファーよ、地獄で待っているのは鉄鎖だ!」
「そんな汝は、地獄を支配するがよい。まさに、地獄こそ、汝にふさわしい王国だからだ。
しかし、わたしは天において永遠に祝福された全能の神に仕え、誰よりも従うに値いする神の聖なる命令に服従させてもらいたい。だが、地獄で汝を待っているのは、王国ではなくて鉄鎖であることを覚悟するがよい。では、わたしの挨拶代わりの一撃を、その不埒な頭で受けるがよい」
アブデルの先制攻撃、ルシファーの兜を一撃
そう言うやいなや、アブデルは勇気を持って剣を高々とふりあげ、あっという間に、嵐のような凄じさでルシファーの倣然たる兜めがけて打ちおろしました。その速さは目にもとまらず、また、一瞬千里をかけるという思念の速さよりもはるかに早く、サタンの楯も防ぎようのない迅速かつ必殺の一撃でした。
ルシファーは後へ大きくよろめき、十歩ほど退きます。十歩目に膝を屈し、かろうじて持っていた巨大な槍で身を支えざるをえませんでした。そのありさまは、この地球上で、横ざまに噴出した地下の突風や洪水のために、山がその松林もろとも麓から吹き飛ばされ、半ば地面に埋まってしまうのに似ていました。叛逆の天使全員はルシファーの後退を見て、驚きました。まさか、アブデルごときの一撃にルシファーが膝をつくなど、想像だにしていなかったからです。
アブデルの陣営はみな大喜びし、勝利はもは我らが手中にありといわんばかりの歓声をあげました。
ミカエル、大天使に命じラッパを吹かせる
この状況を見ていたミカエルは、大天使に命じラッパを吹かせました。ラッパの音は、広大な天の隅々にまで鳴り響きます。全能の神に忠誠を誓う大軍勢は、いと高き神に向かって『ホサナ(神をたたえる言葉)』と繰り返し叫びます。もちろん、対時している両軍が、ただ手を出さずにいたわけではありません。ただちに凄じい勢いで、激しい戦闘を始めました。
今や、狂乱が起り、未だかつて天において聞かれたこともないような、恐るべき大音響が生じました。鎧を撃つ武器は、騒然たる音を発し、真鍮の戦車の車輪は憤然として荒れ狂います。激突から生ずる騒音は凄惨をきわめ、焔をあげて燃えている火矢が、両軍の頭上をゴウゴウと不気味な音をたてて一斉に飛び交います。
天使間ハルマゲドンの開戦です。