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シチリアの聖アガタ、乳房を切り落とされる!美しさと信仰が招いた殉教

スルバラン〈聖アガタ〉

聖アガタは、古代ローマ時代のシチリア島で生き、激しい迫害の中で命を落とした若い女性です。

彼女は、美しさと信仰心ゆえに権力者の怒りを買い、想像を絶する拷問を受けました。それでも信仰を捨てることはなく、その生き方は今も世界中で語り継がれています。

聖アガタの物語は、単なる殉教の記録ではなく、「身体を傷つけられても、尊厳は奪えない」という強いメッセージを私たちに伝えています。

シチリア島カターニアに生まれた信仰深い女性

聖アガタは、3世紀ごろ、シチリア島東部の町カターニアに生まれました。当時のシチリアはローマ帝国の支配下にあり、キリスト教徒はまだ少数派で、迫害の対象でした。

アガタは裕福な家庭に育ったとされ、美しさと品位を兼ね備えた女性だったと伝えられています。同時に、若い頃からキリストへの信仰を大切にし、清い生き方を選んでいました。

権力者の求婚と信仰を理由とした告発

当時シチリアを支配していたローマ人の権力者は、アガタの美しさに目を留め、結婚を申し込みます。しかしアガタは、自らを神にささげる決意をしていたため、この申し出をきっぱりと拒否しました。

この拒絶に怒った権力者は、彼女がキリスト教徒であることを理由に告発します。これは、個人的な復讐と宗教迫害が結びついたものでした。こうしてアガタは捕えられ、裁きの場へ引き出されます。

乳房を切り落とされるという残酷な拷問

裁判の末、アガタは信仰を捨てるよう迫られますが、決して応じませんでした。その結果、彼女は両方の乳房を切り落とされるという、非常に残酷な拷問を受けます。

重傷を負い、衰弱したアガタは獄中に戻されますが、それでも祈りをやめることはありませんでした。殉教伝によれば、夜の獄中で聖ペテロが現れ、彼女を励まし、傷を癒したと伝えられています。

この出来事は、彼女の信仰の強さを象徴する場面として語り継がれています。

ピオンボ〈聖アガタの殉教〉

処刑と殉教、そして人々の記憶

その後、アガタは火あぶりの刑にかけられます。しかし、刑が執行されようとした瞬間、地震が起こり、処刑はいったん中断されました。それでも彼女は自由を得ることなく、250年ごろ、獄中で息を引き取り、殉教者となりました。

彼女の死は、人々に深い衝撃を与え、カターニアでは早くから聖人として敬われるようになります。信仰のために尊厳を守り抜いた姿は、多くの人の心に刻まれました。

芸術と信仰の中の聖アガタ

絵画や彫刻の中で、聖アガタは切り落とされた乳房を皿の上にのせて持つ姿で描かれることが多くあります。これは彼女の殉教の事実を忘れないための象徴です。

乳房の形との連想から、アガタは中世において鐘職人やパン屋の守護聖人とされました。そして近代になると、彼女の受けた苦しみから、乳がん患者の守護聖人としても信仰されるようになります。

さらに1551年、オスマン帝国がマルタ島に侵攻した際、人々が聖アガタに祈った結果、島が守られたと信じられ、彼女はマルタの守護聖人ともなりました。

まとめ:シチリアの聖アガタ

聖アガタの生涯は、信仰のために身体を傷つけられ、命を奪われた、あまりにも過酷なものでした。

しかし彼女は、どんな拷問の中でも信仰と尊厳を手放しませんでした。その姿は、弱さの中にある強さ、人としての尊厳の尊さを静かに語りかけてきます。

聖アガタは、苦しむ人々に寄り添い続ける聖人として、今も祈りの中で生き続けています。

ランフランコ〈聖ペテロとアガタ〉

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