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聖メヒティルト(ハックボルンのメヒティルト

11月19日は、カトリック教会で「聖メヒティルト(ハックボルンのメヒティルト)」を記念する日です。

彼女はドイツの貴族の家に生まれ、幼いころから修道院生活を選びました。

姉が修道院長を務めるヘルフタ修道院で、聖歌隊の指導者として、また若い修道女たちの教師として仕えます。そして、深い祈りと多くの神秘体験は、後に『特別な恩寵の書』という名で本にまとめられました。

静かな修道院のなかで、神と人との出会いを「心」で見つめ続けた女性――それが聖メヒティルトです。

聖メヒティルト|プロフィール

  • 名前
    ハックボルンの聖メヒティルト(メヒティルト・フォン・ハックボルン)/Mechthild of Hackeborn, Mechtilde of Hackeborn
  • 生没年
    1240/1241年ごろ〜1298年11月19日ごろ
  • 出身地・時代背景
    中世ドイツ・テューリンゲン地方の貴族ハックボルン家の出身。神秘思想が豊かに花開いた13世紀の教会・修道院文化の中で生きた修道女。
  • 肩書き・役職
    ベネディクト会修道女、聖歌隊指導者(カントリクス)、修道院学校の教師、神秘家、『特別な恩寵の書』の中心人物。

聖メヒティルトの生涯

幼少期と修道院への召し出し

メヒティルトは、現在のドイツ東部・テューリンゲン地方の名門ハックボルン家に生まれました。

7歳のとき、母に連れられて、姉ゲルトルードが暮らしていたロダースドルフの修道院を訪ねます。

修道生活の雰囲気や祈りの時間にふれたメヒティルトは、ここに残りたいと強く願い、ついには両親もその願いを受け入れて、彼女は幼くして修道院に入会しました。

その後、姉ゲルトルードは別の場所に修道院を移し、やがてヘルフタ修道院の修道院長となります。メヒティルトも姉に従ってヘルフタへ移り、生涯をそこで過ごすことになりました。

ヘルフタは、当時、祈りと学びの中心地として知られ、多くの優れた女性神秘家を生み出した場所です。

祈りと音楽、教育の奉仕

ヘルフタ修道院で、メヒティルトの才能が特に輝いたのは、音楽と教育の分野でした。彼女は美しい声と音楽の才能に恵まれ、修道院の聖歌を指導する役目を与えられます。

そのため、彼女は「ヘルフタのナイチンゲール」と呼ばれたと伝えられます

さらに、メヒティルトは修道院学校の責任者として、若い修道女たちや寄宿している少女たちに聖書、典礼、ラテン語などを教えました。

その中には、のちに「ヘルフタの大ゲルトルード」と呼ばれる偉大な神秘家ゲルトルードも含まれていました。彼女が5歳で修道院に預けられたとき、教育係を任されたのがメヒティルトだったのです。

病と霊的体験、『特別な恩寵の書』

メヒティルトは50歳前後に、激しい霊的な危機と長く続く病に苦しめられます。祈っても慰めがなく、1か月以上ベッドから起き上がれないような状態が続いたと伝えられています。

しかし、その只中で、彼女はこれまでに経験してきた数々の神秘体験を、身近な修道女たちに打ち明け始めました。すると、彼女たちは、メヒティルトの語るイエスとの対話や幻視、祈りの言葉をこっそり書き留めていきます。

メヒティルトは最初、そのことを知って不安になりますが、祈りのうちに「これは神の栄光と多くの人の助けのためである」と示され、むしろ自分で原稿を訂正するようになりました。

こうして生まれたのが、『特別な恩寵の書(Liber specialis gratiae)』です。

この書物は、メヒティルトの個人的な体験を超えて、「ミサや典礼の中で神と出会う」「苦しみの中でイエスの受難と一致する」「天と地の共同体として神をたたえる」といった、ヘルフタの霊性全体を伝える代表的な神秘文学となりました。

1298年ごろ、メヒティルトはヘルフタ修道院で静かに帰天したと伝えられています。苦しみの年々を通して、彼女は自分の病さえも「魂の救いのため」にささげ続けたと記録に残されています。

聖メヒティルトの名言・エピソードから学ぶ

『特別な恩寵の書』の中で、メヒティルトはイエスの心について、こんな趣旨の言葉を伝えています。

「あなたがわたしを見いだしたいなら、わたしの心の中に入りなさい。そこはあなたの安らぎの場です。」

これは、彼女がしばしば体験した「イエスのみ心」との深い交わりをあらわす言葉です。イエスのみ心は、彼女にとって、

罪の弱さをそのまま抱えて行ってよい避難所であり、
病や不安を正直に打ち明ける「休む場所」であり、
そして、他者のためにとりなしの祈りをささげる「祭壇」でもありました。

メヒティルトは、自分の苦しみを自分だけのものとして閉じ込めるのではなく、イエスのみ心の中にささげていくことで、「世界の多くの人の助けとなるように」と祈り続けました。

その姿は、病や心の重荷を抱えながら信仰を生きる、現代のわたしたちにも通じるメッセージではないでしょうか。

カトリック的ポイント解説

聖メヒティルトの信仰の中心には、いくつかの大きなテーマがあります。

1. イエスのみ心への信頼
メヒティルトは、イエスの心を「神の愛があふれる泉」として見つめました。そこには、怒りや裁きよりも、憐れみと赦しが満ちていると確信していたのです。この視点は、のちの「イエスのみ心の信心」が広がっていく流れの中でも、大切な先駆けの一つとされています。

2. 典礼(ミサと聖務日課)を通して神と出会う
ヘルフタ修道院の霊性は、聖書と典礼に深く根ざしていました。メヒティルトの体験も、多くがミサや聖務日課(教会の祈り)の中で起こっています。教皇ベネディクト16世は、メヒティルトの生涯を紹介しながら、「典礼は偉大な霊性の学校です」と語っています。

3. 教会は天と地の「共同体」
『特別な恩寵の書』には、天使や聖人、煉獄の魂までが、ひとつの大きな共同体として神を賛美しているビジョンが描かれています。生きているわたしたちの祈りも、その大きな合唱の一部だとメヒティルトは理解していました。私たちがミサで歌い、祈るとき、天の教会ともつながっている――その感覚は、日々の祈りに深みを与えてくれます。

聖メヒティルト|ゆかりの地・書籍・芸術

ヘルフタ修道院(ドイツ)
メヒティルトが生涯を過ごしたヘルフタ修道院は、現在も修道院として復興されており、祈りと黙想の場として巡礼者を受け入れています。ヘルフタの三人の女性神秘家(ハックボルンのメヒティルト、ハックボルンのゲルトルード、大ゲルトルード)は、この修道院と深く結びついています。([ウィキペディア][2])

『特別な恩寵の書』
メヒティルトの体験をまとめた『特別な恩寵の書』は、ラテン語原典から各国語に翻訳されています。日本語でも平凡社から訳書が出ており、典礼の季節ごとの幻視、イエスのみ心への祈り、マリアや聖人たちとの対話などが収められています。([Google ブックス][4])

現代の紹介書・霊性書
英語圏では、Barbara Newmanによる『Mechthild of Hackeborn: The Book of Special Grace』(Classics of Western Spirituality シリーズ)など、学術的な紹介書も刊行されています。また、教皇ベネディクト16世の一般謁見講話「On St. Matilda, God’s Nightingale」は、メヒティルトの霊性を簡潔に知るのに良いテキストです。

まとめ|今日の聖人から学べること

聖メヒティルトは、派手な活動家でも、教会の高い役職についた人物でもありませんでした。

彼女は、ヘルフタ修道院という限られた共同体の中で、聖歌と祈り、教育と奉仕に一生をささげた修道女です。

しかし、その静かな生涯の内側には、イエスのみ心との深い出会い、苦しみをささげる勇気、そして天と地をつなぐような広がりのある霊的ビジョンがありました。

わたしたちもまた、日々の祈りやミサの中で、自分の小さな痛みや不安を、イエスのみ心にゆだねることができます。

場所や立場は違っても、メヒティルトのように、隠れたところで神に歌い、世界のために祈ること――それこそが、今日の聖人から学べる大切な生き方ではないでしょうか。