
11月12日は、カトリック教会で「聖ヨサファト司教殉教者」を記念する日です。
彼は東方教会とローマ教会との和解を目指し、小羊(信徒)たちのために命を捧げた司教として知られています。分裂の時代にあって、どのようにして彼が「教会の一致」のために生き、そして殉教へと至ったのか。
その足跡をたどることで、私たち自身の信仰もまた深まることでしょう。
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聖ヨサファト司教殉教者|プロフィール
- 名前
聖ヨサファト司教殉教者/Saint Josaphat Kuntsevych - 生没年
1580年ごろ〜1623年11月12日 - 出身地・時代背景
出身はポーランド・リトアニア共和国領(現在のウクライナ北西部)ヴォルィーニ地方ヴォロディミル(Volodymyr)付近。東方正教会とローマ教会の間で「合同運動」が進んでいた時代に生まれました - 肩書き・役職
司祭、修道士(ベザリアヌス会士)、後にポロツク(Polotsk)の大司教(アルチエパルキー)となった殉教司教です。
聖ヨサファト司教殉教者の生涯
青年期からの転機
聖ヨサファトは1580年ごろ、東方正教会の家に生まれました(生年には諸説あり)。
彼は若いときに商人の見習いとして働いていましたが、商売よりも教会と信仰に強く心を動かされました。やがて修道会に入り、司祭としての道を歩み始めます。
信仰と活動の展開
1604年、彼は修道会に入り、ベザリアヌス会士となりました。その後、司祭として伝道・説教に励み、特に東方正教会とローマ教会の「教会の一致(エキュメニズム)」の運動に身を置きます。
1617年にはポロツク大司教に選ばれ、1618年には正式にその司教座に就任しました。その立場から、彼は正教会からカトリック(ローマ教会)への復帰・統一に向けて、宣教・教会改革・司祭の教育・信徒の指導を行います。
しかしその活動は、旧来の東方正教会側にとって「教会をラテン化しようとしている」との誤解や抵抗を招き、反対派からの圧力・迫害が次第に激しくなっていきました。
晩年の殉教と評価
1623年11月12日、ヴィチェプスクで暴徒に襲われ、殴打・射殺・遺体を川に投げ込まれるという凄惨な死を遂げました。
この死は、「教会統一のために命をささげた殉教」として教会に大きな影響を与え、後のカトリック・東方カトリック教会で高く評価されました。
彼の殉教は、東西教会の分裂を改めて意識させるきっかけとなり、「一致のための象徴」となりました。
聖ヨサファト司教殉教者の名言・エピソードから学ぶ
「あなたたちの牧者として小羊のために喜んで命をささげます。教会の一致のために……」
これは彼が反対者から命を狙われる中でも語っていた言葉とされ、まさに彼の生き方を表しています。
この言葉は、牧者(司教)としての責任と、教会の一致という大義に命を捧げる決意が込められています。彼が「小羊」と呼んだ信徒一人ひとりの救い、そして分裂したキリスト者たちの和解を願った姿がここに表れています。
特筆すべきエピソードとして、彼が「あなたたちがわたしを死に追いやろうとしています。わたしはここにあなたがたの牧者としており、小羊のために喜んで命をささげます」と告げた記録があります。
カトリック的ポイント解説
教会の一致
聖ヨサファト司教殉教者が最も大切にしたのは、東方正教会とローマ教会というキリスト教の大きな分派が再び和解し、一つの信仰共同体として歩むことでした。これは現代のキリスト教「エキュメニズム」の先駆けとも言えます。
現代の信仰生活に生かすなら…
信徒それぞれが「分断ではなく一致」を願って祈るとき、ヨサファト司教のように「小羊(ひとりひとり)への愛」と「共同体の和解」のために生きる姿勢が光ります。
例えば、教会や信仰の場で生じた対立を恐れず、まず和解のために歩み寄る姿は彼の生き方から学べます。
また、司祭・修道士としての彼の姿勢—祈り・苦しみを捧げるゆるぎない献身—も、信徒として「わたしにできる小さな犠牲」を惜しまず捧げることの大切さを示しています。
聖ヨサファト司教殉教者|ゆかりの地・書籍・芸術
- ゆかりの地
ポロツク(Polotsk)/ヴィチェプスク(Vitebsk)など、彼が司教として活動・殉教した地域。 - 書籍・伝記
「Saint Josaphat Kuntsevych: Apostle of Church Unity」など専門伝記あり。 - 芸術作品
ヨーゼフ・シムラー作「マルティルドム(殉教)・オブ・セント・ヨサファト」など、彼の殉教を描く絵画があります。 - 信仰的慣習
東方カトリック教会、ウクライナ・ギリシャ典礼カトリック教会などで、彼は「教会一致の使徒」として記憶されています。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖ヨサファト司教殉教者は、16〜17世紀という教会が分裂と対立の時代にあって、信徒一人一人の救いと、東西キリスト教会の和解を願い、司教として献身を尽くしました。
彼の「小羊のために喜んで命をささげます」という言葉は、ただ美しい言葉にとどまらず、彼の生涯そのものでした。
私たちもまた、対立や分断があるところで「まず歩み寄る」「和解のために小さな犠牲をいとわない」という姿勢を持ちたいものです。
教会の一致だけでなく、隣人との関係、家庭・職場・地域でのわたしの信仰 lived-体験として、彼の生き方から学ぶことが豊かにあります。
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