
8月19日は、カトリック教会で「聖ヨハネ・ユード」を記念する日です。
17世紀のフランスに生きた彼は、社会から取り残された人々に寄り添い、司祭や信徒を育てることに心血を注ぎました。数えきれない試練に出会いながらも、ヨハネは決して諦めることなく、神への愛と人々への思いやりを実践し続けました。
その姿は、現代を生きる私たちにも大きな励ましを与えてくれます。
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聖ヨハネ・ユード|プロフィール
- 名前
聖ヨハネ・ユード(John Eudes) - 生没年
1601年11月14日 – 1680年8月19日 - 出身地
フランス・ノルマンディ地方 - 肩書き
司祭、修道会創立者、後に「教会博士」に列せられる人物
信仰に目覚めた青年時代
ヨハネは北フランスのノルマンディに生まれました。幼いころから信仰熱心で、イエズス会の学校で学びながら、やがて神に人生をささげようと決意します。1623年にはオラトリオ会(聖フィリポ・ネリが創立した共同体)に入り、司祭となりました。
やがてフランスで疫病が流行すると、彼は迷わず病人の看護に立ち上がります。自分自身の命の危険を顧みずに、苦しむ人々を抱きしめるように世話をしたのです。その姿は、まさに「隣人を自分のように愛しなさい」という福音の教えを実践するものでした。
苦難と挑戦の歩み
しかし、ヨハネの道は決して平坦ではありませんでした。
1641年、彼はフランスの都市カーンに「愛徳の聖母の姉妹会」を創設します。これは、生活に行き場を失った女性たちを助け、希望を与えるための共同体でした。けれども当時の社会はこの活動を十分に理解できず、彼は誤解や反対に直面します。
それでもヨハネは「神の愛は、もっとも弱い人の中に輝く」という信念を持ち続け、活動を続けました。その後オラトリオ会を離れ、新たに「イエズス・マリア会」を設立して司祭や修道者の育成に力を注ぎます。
度重なる反対や困難にも関わらず、彼は最後まで諦めず、すべてを神と人々のためにささげ続けました。
心に残る言葉と行動
ヨハネの生涯で特に印象的なのは、「愛は行動によって証しされる」という姿勢です。彼にとって信仰はただの理論や言葉ではなく、病人の世話をする手、涙を拭う手、女性たちに希望を示す手として現れるものでした。
彼はまた、心の内側にある「良心」の大切さを強調しました。良心とは、神から与えられた「正しく生きるための声」のようなものだとヨハネは語ります。この考えは、現代社会に生きる私たちにとっても非常に重要です。
情報や意見があふれる世界で、何が正しいか迷うときこそ、自分の内にある静かな声に耳を傾けることが求められるのです。
カトリック的ポイント解説|信仰と祈りに生きた人
ヨハネ・ユードは「イエスとマリアの聖心(心臓に象徴される愛の源)」への信心を広めた人物としても知られています。彼は、人々が神の愛をもっと身近に感じられるように、分かりやすく温かい祈りを提案しました。
また、彼の創設した修道会は今もなお世界中で活動を続けています。教育や宣教、司祭の養成を通して、その精神が受け継がれているのです。
ゆかりの地と文化的遺産
ヨハネが生まれたノルマンディ地方は、今日も彼を記念する巡礼地となっています。また、彼の著作や説教は多くの人々に読まれ続け、信仰書としても親しまれています。芸術作品の中では、彼が病人を抱きしめる姿や、マリアとイエスの心を指し示す姿で描かれることが多いです。
まとめ|今日の聖人から学ぶこと
聖ヨハネ・ユードの生涯は、「困難の中でも愛を選び続けること」の大切さを教えてくれます。誤解されても、反対されても、彼は人々の救いのために一歩を踏み出しました。
今日の私たちも、目の前の小さな助けや優しさを通して、同じように神の愛を伝えることができるのです。
明日もまた、聖人たちの物語から新しい力を受け取っていきましょう。
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