9月10日は、カトリック教会で「福者セバスチャン木村司祭と204殉教者」を記念する日です。
彼らは江戸時代初期、日本で信仰を守り抜いた205人の殉教者たちでした。大人も子どもも、女性も外国出身の人も含まれており、その姿は多様でありながら、一つの信仰の光を証ししています。
今回は、彼らの歩みと残された意味をたどってみましょう。
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福者セバスチャン木村司祭は、日本人最初期の司祭の一人として知られています。彼のもとに集った仲間たちは、日本各地で信仰を広めていた信徒や修道者、宣教師たちでした。
しかし時代は、豊臣秀吉・徳川幕府によるキリシタン弾圧が強まる時代。自由に信仰を守ることは難しく、彼らの歩みは「信じることそのものが命をかけること」へと変わっていきました。
殉教者は長崎151人、大村28人、有馬9人、小倉5人、島原4人、江戸3人、さらに雲仙・田平・壱岐・京都・仙台にそれぞれ1人ずつ。合計205人が命をささげました。
国籍も幅広く、日本人153人に加え、スペイン24人、ポルトガル5人、イタリア5人、メキシコ3人、オランダ・ベルギー各1人、そして豊臣秀吉の朝鮮侵攻で日本に連れてこられた朝鮮半島出身者13人も含まれていました。
まさに国境を越えて信仰を共有した人々だったのです。
さらに、その中には司祭13名、修道者20名、女性14名、そして少なくとも6人の子どもがいました。子どもたちまでもが信仰のゆえに命を落としたという事実は、当時の厳しさと同時に、信仰が彼らにとってどれほど深い意味を持っていたかを伝えています。
彼らの犠牲は1867年、教皇ピオ9世によって「福者」にあげられました。さらに1968年、列福100周年を記念して、大村の放虎原の処刑場跡に「顕彰碑」が建てられました。そこは今も祈りの場として訪れる人が絶えません。
セバスチャン木村司祭が残した言葉の一つに「我らが心を天に上げよ」という祈りがあります。これは、苦しみや困難の中でも心を神に向け続ける姿勢を示しています。
迫害の時代に命を奪われてもなお、心を高く持ち、希望を失わなかったことは、現代を生きる私たちにも大きな励ましを与えてくれます。
殉教者たちの歩みは、「神の愛を信じ抜く力」を象徴しています。難しい言葉で言えば「信仰の証し」ですが、やさしく言えば「どんな困難の中でも神さまに信頼する生き方」です。
現代の私たちにとっても、この姿は「日常の小さな選択で正直に生きること」や「弱い立場の人を大切にすること」とつながっています。
福者セバスチャン木村司祭と204殉教者は、国籍も年齢も立場も超えて、一つの信仰を守り抜いた205人の人々でした。その姿は、命をかけてまで信じた信仰がどれほど深いものであったかを伝えています。
私たちもまた、彼らのように「大切なことを貫く勇気」を持てるのではないでしょうか。日常の中で小さな誠実さを守ること、困っている人を助けること、希望を失わないこと。それこそが現代に生きる私たちの「殉教の精神」なのかもしれません。