8月11日は、カトリック教会で「聖ディエゴ・カルヴァリオと殉教者たち」を記念する日です。
ポルトガルから来日した司祭ディエゴは、日本人の信者たちと共に信仰を守り抜き、仙台の広瀬川で殉教しました。その生涯は、逆境の中でも揺るがない信仰の強さを教えてくれます。
彼の物語は、今を生きる私たちに「勇気と希望」を思い起こさせてくれるでしょう。
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ディエゴはポルトガルに生まれ、17歳でイエズス会に入りました。若くして異国での宣教を志し、1609年に日本へ到着します。
天草、京都、大阪で活動しましたが、徳川家康によるキリシタン追放令によって一度は国外に退きます。
しかし、彼はあきらめませんでした。再び日本に戻り、各地を訪れて信仰を伝え、最終的に奥州(東北地方)へと足を運びました。
奥州では、同じイエズス会のアンジェリス司祭と再会し、日本人の司祭や修道士と共に力を合わせて宣教を続けました。
ディエゴは特に岩手県水沢のキリシタン武士、後藤寿庵の協力を得て、東北から北海道にかけての広い地域で活動しました。
寿庵の領地「見分(みわけ)」を拠点とし、信者の励ましと支えを受けながら布教を展開していったのです。
しかし、1624年。江戸で大殉教があった直後、仙台藩でも迫害が始まりました。ディエゴは信徒と共に捕らえられ、仙台へ護送されます。
その途中、1人の村人が自ら信仰を告白し仲間に加わりました。仙台では、信徒の一部が火あぶりに、そして9名が広瀬川で水牢による殉教を遂げました。
氷のように冷たい水の中で、ディエゴは仲間を励まし続け、最後に自らの命を神にゆだねました。時刻は夜の8時だったと伝えられています。
残念ながらディエゴ神父自身の言葉は詳しく残っていませんが、広瀬川で仲間を励ましながら最後まで信仰を守り抜いた姿が大きな証言となっています。
彼の生き方は「言葉以上の説教」でした。自分の苦しみよりも仲間の心を支えた姿勢は、現代の私たちに「困難の中でも隣人を思いやる心」の大切さを教えてくれます。
ディエゴと殉教者たちが示したのは、神への信頼と仲間を支える愛です。神学的に言えば「殉教」は、神の愛に最後まで応える姿勢ですが、やさしく言うなら「信じるもののために命をかける愛」といえるでしょう。
私たちの日常には命をかける場面はありませんが、小さな犠牲や思いやりを通して、この愛を生きることができます。たとえば、弱い立場の人を守る勇気や、周りの人を励ます言葉は、ディエゴの信仰と同じ流れの中にあるのです。
聖ディエゴ・カルヴァリオと殉教者たちは、迫害の中でも信仰を守り、互いを励まし合いながら命を捧げました。その姿は「信じるもののために生きる」というシンプルで力強いメッセージを、今の私たちに届けています。
私たちもまた、日々の小さな困難の中で「隣人を思いやる愛」を実践できるのではないでしょうか。信仰を持つ人も、そうでない人も、この殉教者たちの物語から「希望を持って歩む勇気」を受け取ることができるはずです。