11月25日は、カトリック教会で「聖アレキサンドリアのカタリナ」を記念する日です。
カタリナは、若くして卓越した知識と強い信仰心を持ち、多くの人々を感化した聖女として知られています。
18歳という若さで皇帝に直面し、50人の学者を改宗させた女性として語り継がれる彼女の物語は、今も世界中の信者に勇気を与えています。
Contents
カタリナはアレキサンドリアの貴族の家に生まれ、幼いころからギリシア哲学や文学に親しみ、学問を深めていました。知性にあふれ、周りからも一目置かれる存在だったと伝えられています。
転機となったのは、ひとりの隠修士との出会いでした。彼からキリスト教の教えを聞いたカタリナは、真理を求める心を強く動かされ、洗礼を受けます。知的探究心が信仰へとつながった、まさに彼女らしい始まりでした。
18歳のとき、ローマ皇帝マキシミヌスは、市民に偶像への礼拝を命じ、逆らう者を厳しく処罰しました。カタリナは公に反対し、皇帝の前で信仰を告白します。
怒った皇帝は、カタリナを屈服させるために50人の学者を招集します。「これだけの知者を前にすれば、さすがの娘も言い負かされるだろう」と考えたのです。
しかし結果はまったく逆でした。学者たちはカタリナの話すキリスト教の真理に心を打たれ、その場で改宗します。これは当時としては大きな出来事で、皇帝の威厳は揺らぎました。
激怒した皇帝は、学者たちを全員処刑します。一方でカタリナについては、その美しさと知性に魅了され、信仰を捨てれば皇后にするとまで言いました。それでも彼女は毅然として拒みます。
拒絶された皇帝は逆上し、カタリナに拷問を命じました。彼女を車輪に縛りつけて裂く車裂き(くるまざき)の刑が科されましたが、伝承によれば、車輪は天使によって砕かれ、カタリナは傷つかずに助かったといいます。
最終的に、皇帝は彼女に斬首刑を命じ、カタリナは309年ごろ、静かに殉教しました。この時まだ20歳前後だったとされ、若さゆえにその死は大きな衝撃を社会に与えました。
殉教後、カタリナの遺体は天使によってシナイ山に運ばれたと伝えられています。そこには現在も「聖カタリナ修道院」が建っており、世界中から巡礼者が訪れています。
歴史的に確かな言葉として知られるものの一つに、彼女の信仰姿勢を象徴するフレーズがあります。
「私はキリストに忠実であり続けます。」
この言葉は、皇帝の誘惑や脅しにも屈しなかった、彼女の信仰の強さを伝えています。単なる頑固さではなく、心から真理を信じ、そのためなら命も惜しまないという純粋な思いが背景にありました。
カタリナの生涯から浮かび上がるテーマの一つが、「理性と信仰の一致」です。
・学問によって真理を探求する
・そして信仰がその真理を深める
カタリナはこの二つを対立させるのではなく、互いに補い合うものとして生きました。
また、彼女がどんな権力にも屈しなかった姿は、現代の信徒に次のようなメッセージを送っています。
・困難の中でも信仰を選ぶ勇気
・誠実に生きることで人を導けるという確信
決して大げさな英雄譚ではなく、私たちの日常にも響く生き方です。
聖アレキサンドリアのカタリナの生涯は、若さゆえの情熱と深い知性、そして揺るぎない信仰が一つになった特別な物語です。
皇帝の前でも恐れずに自分の信仰を語り、50人の学者を納得させた出来事は、彼女がどれだけ真理を愛し、人々を導く力を持っていたかを示しています。
また、どんなに苦しい状況でも「キリストに忠実である」ことを選んだ姿勢は、現代を生きる私たちにも、正しいと信じる道を歩む勇気を思い起こさせてくれます。