11月24日は、カトリック教会で「聖アンデレ・ジュン・ラク司祭と同志殉教者」を記念する日です。
彼らは17〜19世紀のベトナム迫害の中で信仰を守り抜き、117名が殉教しました。
その一人ひとりの歩みは静かですが深く、苦しみの中でも「信じることの尊さ」を示しています。
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アンデレ・ジュン・ラクは1795年、ベトナム北部バックニン省で生まれました。
幼い頃は異教徒の家庭で育ち、貧しさの中で生活していましたが、12歳で家族とともにハノイへ移住します。そこでカトリック教会の援助を受け、教育の機会に恵まれました。この出会いが彼の人生を大きく変えました。
信仰教育を受けた彼は、やがてカテキスタ(信仰教育者)となり、教会に深く奉仕するようになります。そして1823年に司祭へ叙階され、司牧者として地域の信徒を支える道を歩み始めました。
19世紀のベトナムでは、王朝によってキリスト教が禁じられ、信徒は常に命の危険にさらされていました。
アンデレ司祭も何度も逮捕されましたが、信者たちが身銭を集めて献金し、解放してもらったことが何度もあったと言われています。
司祭としてのアンデレは、
・貧しい人びとへの奉仕
・何百人もの洗礼
・迫害下でも信徒を励ます司牧活動
に力を注いでいました。
しかし1839年、彼は再び捕らえられ、激しい拷問を受けました。それでも信仰を捨てることなく、同年12月21日、斬首によって殉教しました。
117名の殉教者のうち21名は外国人でした。特にスペイン人ドミニコ会のイグナチオ・デルカド司教とドミニコ・エナレス司教は、50年にわたってベトナムで福音を伝えた人物です。
彼らは捕らえられ、監禁され、飢えと渇きによって衰弱し、1838年に斬首されました。その姿勢は、信仰への献身と愛の証しとして語り継がれています。
迫害は司祭だけでなく、一般信徒にも及びました。1847年に殉教した17名の中には、わずか9歳の子どもも含まれており、迫害の残酷さがうかがえます。
彼らの殉教は、ベトナム教会の歴史の中で決して忘れられない痛みであり、同時に「どんな状況でも神を愛する」という強さを示しています。
ベトナム殉教者117名は、5回にわたり段階的に列福されました。そして2000年、教皇ヨハネ・パウロ2世によって全員が列聖されました。
この日は、世界中のベトナム共同体にとって大きな喜びの日となりました。
117人の殉教者たちは多様な背景を持ちますが、共通して伝わるメッセージがあります。
「信仰とは、最も暗い時にこそ希望の光になる」
迫害は容赦なく、家族を引き離され、痛みや屈辱を受ける中でも、彼らは神への信頼を失いませんでした。
その姿は、「信仰は苦しみの中でこそ本物になる」というキリスト教の核心を語っています。
殉教は、カトリックにおける最も強い信仰証言の一つです。
聖アンデレ・ジュン・ラクたちの殉教は、暴力や悲劇そのものではなく、「神への愛を最後まで守り抜いた証し」として理解されます。
また、彼らは司祭・信徒・宣教師という多様な立場で、互いに助け合いながら信仰を育みました。現代の教会においても、立場を超えて信仰共同体を支え合う姿勢の大切さが示されています。
・ベトナムの殉教地はハノイ、フエ、クアダオ、バックニンなど。117名それぞれの殉教地に記念碑や教会が建てられています。
・英語圏では、多数の研究書『Vietnamese Martyrs』 、映画『Martyrs of Vietnam』など映像資料も少数ながら存在します。
聖アンデレ・ジュン・ラク司祭と同志殉教者117名は、激しい迫害の時代にあっても、信仰と隣人愛を最後まで守り抜いた人びとです。
彼らの多くは、家族や仲間を支えながら日常の中で福音を生き、それでも危険が迫るときは逃げずに信仰を選びました。司
祭、宣教師、信徒、子どもまでもが同じ希望の光に向かって歩んだ姿は、私たちに「信仰は弱さではなく、愛の力である」と語りかけます。