10月19日は、カトリック教会で「聖ヨハネ・デ・ブレブーフと聖イサク・ジョーグ司祭および同志殉教者」を記念する日です。
彼らは、遠い北の地で、異なる文化や言葉を持つ人びとと出会い、福音を伝えることに人生をかけました。その道は決して容易ではなく、最期には殉教という道を選びました。
今日は、彼らの生き様を通して、信仰とは何か、人を愛するとは何かを一緒に見つめてみましょう。
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以下は主要な代表者2名を中心にしています。
この章では、彼らの宣教の歩み、苦難、そして殉教を見ていきます。複数の人物が含まれますが、中心となる出来事を整理してお伝えします。
イサク・ジョーグは、もともとフランスで教育を受け、ヨーロッパで学問の道にいたこともあったと伝えられていますが、宣教を志してカナダに赴きました。
ヨハネ・デ・ブレブーフはイエズス会に入り、長年フランスで修練を積んだ後、カナダ宣教に派遣されました。
1636年、イサク・ジョーグ神父は、ヨハネ・ブレブーフ神父らと共にカナダのケベックへ宣教に向かいました。
彼らは、先住民族であるヒューロン族やイロコイ族との出会いを通じて、文化や言葉を尊重しながら福音を伝えようと努力しました。彼らは現地の言語を学び、ヒューロン語の辞書やカテキズムを編纂するなどの働きをしました。
カナダでは、各部族間の争いや抵抗も激しく、宣教者たちの身には危険が常につきまといました。
イサク・ジョーグは、イロコイ族に捕らえられて13か月間投獄されたと伝えられています。その間、彼は拷問を受け、また仲間たちと共に村々を移動させられるなど、過酷な体験をしました。彼はまた、改宗した先住民族の人々が拷問され、命を落とす場面を目の当たりにしたと伝えられます。
その後、なんとかオランダからの助けなどで本国フランスに帰国することができました。
しかし、彼は「宣教を続けたい」「ヒューロン族のために働きたい」という思いを捨てきれず、間をおかずまたカナダへ赴きます。最終的に、ヨハネ・デ・ブレブーフらを含む8人のイエズス会士は、イロコイ族に捕らえられ、残酷な拷問を受けた末に殉教しました。
この殉教の働きは、カナダでのキリスト教の根を完全には抜き去ることを不可能にし、後の時代において教えが広まる礎となりました。
殉教者たちは、1930年、教皇ピオ11世によって列聖されました。さらに、教皇ピオ12世は彼らを「カナダの保護聖人」と定められました。
彼らには、記録された短い言葉や態度を通じて、今日の私たちに語りかけるものがあります。
ある記録では、イサク・ジョーグが囚われの身であっても、苦しみを自らの十字架とみなし、主イエスの受難に参加するように耐え忍んだ、と伝えられています。特に、彼は「キリストの苦しみを分かち合う」という霊性的視点をもっていたとされ、その意識が拷問や苦難を超えて彼を支えたといわれます。
また、ヨハネ・デ・ブレブーフは、あるとき「言葉だけでなく、わたしたちの生き方と苦しみが、福音を語る証しとなる」という精神を持っていたと伝わります。これは、宣教師としてただ語るだけでなく、自らを捧げる生き方を示すことの重みに関わる言葉です。
(ただし、正確な原典でそのまま残る言葉として確認できる訳語は少ないため、伝承的な記録として紹介されることがあります)
これらの言葉や態度は、「伝える者としての生き様」が信仰の証しとなることを教えてくれます。
ここでは、彼らの歩みに見られる信仰上のテーマと、それが現代信者にとってどう生きるかを考えてみます。
これらは、現代の宣教や福音を証しする日々の中でも大切な視点です。
聖ヨハネ・デ・ブレブーフ、聖イサク・ジョーグおよび同志殉教者たちは、異文化との出会いのなかで、言葉を学び、習慣を尊重しながら福音を伝える苦難の道を選びました。
拷問や捕縛、つらい体験を経てなお信仰を捨てなかった彼らの生き様は、言葉だけでなく行動で語る信仰の強さを教えています。現代にあって、異なる文化や価値観と出会うとき、まずは尊重と理解をもって歩み寄る姿勢は、彼らが示した道の延長です。
また、信仰の仲間と支え合い、苦難にくじけず、希望を捨てない信仰の歩みは、今日を生きる私たちに深い力となります。彼らが残した証しは、遥かな地でのものですが、その思いと精神は、今もなお私たちのそばで語りかけています。