10月17日は、カトリック教会で「聖イグナチオ(アンチオケの)」を記念する日です。
彼はキリスト教がまだ迫害されていた時代に生き、信仰を守るために命を捧げた司教でした。ローマへ護送される途中に記した7通の手紙は、今もなお多くの人々の心を励まし続けています。
信仰を貫いた彼の生涯には、「キリストと一致する」ことの意味が凝縮されています。
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聖イグナチオは、紀元1世紀中ごろにシリアのアンチオケで生まれました。
アンチオケは、キリスト教が初めて「キリスト者」と呼ばれるようになった都市としても知られています(使徒言行録11章26節)。若いころから熱心な信仰を持ち、教会共同体に深く関わるようになります。
やがて、使徒ヨハネに教えを受けたとも伝えられ、後にアンチオケの司教に任命されました。彼は迫害の中でも信徒を励まし、教会の一致を守るために尽力しました。
紀元107年ごろ、ローマ皇帝トラヤヌスがキリスト教への迫害を強めた時期に、イグナチオは信仰を捨てることを拒んだため、逮捕されます。
ローマでの処刑を命じられ、兵士たちに護送されながら長い旅に出ました。アンチオケからローマに向かうその道のりで、彼は信徒たちを励ます7つの手紙を書き残します。
これらの手紙は、途中で立ち寄った町々――エフェソ、マグネシア、トラレス、ローマ、フィラデルフィア、スミルナ、そして聖ポリカルポ宛てに書かれました。
特に、「ローマの信徒への手紙」の中で、彼は自らの殉教への思いを次のように記しています。
「わたしは獣の歯によって神の小麦となり、キリストのパンとなるでしょう。」
これは彼の最も有名な言葉のひとつであり、信仰のために命を捧げる覚悟を象徴しています。イグナチオにとって殉教とは、死ではなく「キリストとの完全な一致」でした。
ローマに到着したイグナチオは、コロッセウムでライオンの餌として処刑されたと伝えられています(110年ごろ)。
彼の勇気と信仰は、当時の信徒たちに深い感動を与え、後の教会に大きな影響を残しました。彼の遺体は信者によってアンチオケに戻され、司教座聖堂に埋葬されました。
彼は「使徒的教父」のひとりとして、使徒たちの教えを直接受け継ぎ、それを次の世代に伝えた人物として尊敬されています。
聖イグナチオは、自らの手紙の中で次のように述べています。
「あなたたちの体を神の神殿として保ちなさい。一致を愛し、分裂を避けなさい。イエス・キリストが御父に従われたように、イエス・キリストに従いなさい。」
この言葉は、彼の信仰の中心にあった「一致」と「従順」を示しています。
彼は、キリスト者の共同体が司教を中心に一致することを何よりも大切にしました。教会の中で互いに助け合い、愛をもって生きること――それが神への従順の証だと説いています。
また、イグナチオはローマ教会を「他の教会を導く教会」「愛によって司る教会」と呼び、ローマ教会の特別な役割を明確にしました。これらの教えは、後にカトリック教会の制度や教会観の基礎となります。
聖イグナチオ(アンチオケの)は、迫害と死を前にしても信仰を曲げることなく、「キリストとの一致」を心から願った人でした。
彼の手紙は、信仰者がどんな困難の中でも希望を失わず、教会と共に歩むよう励ましています。
私たちも日々の生活の中で、愛と一致を大切にし、どんなときもキリストに従う心を忘れずにいたいものです。