10月14日は、カトリック教会で「聖カリスト1世(聖カリストス1世)」を記念する日です。
彼はかつて宮廷奴隷という境遇から教皇(ローマの司教)へと召され、数々の困難や批判を乗り越えて信仰の道を全うされました。その生涯には、赦しや回心というテーマが色濃く現れており、今日の私たちにも多くの示唆を与えてくれます。
最後まで読めば、あなたもきっと「赦し」の大切さを感じられるでしょう。
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カリストはもともと 宮廷奴隷 であったと伝えられています。
彼はあるとき、主人から預けられた金を管理していたものの、それを無くしてしまったという出来事がありました。その責任を恐れて逃げ出したため、公金横領の罪に問われました。
やがて捕まり、彼は奴隷の肉体労働(手押し工場/穀粉工場など:古代ローマの過酷な労働)に落とされました。
また、キリスト教徒と判明したため、サルディニアの鉱山に送られたという伝承もあります。
こうした苦難の中で、彼は信仰を深めつつ、赦しと復活の道を歩み始めたのでしょう。
後に、皇后マルチアの配慮(あるいは皇室の影響力を通して)により、自由の身となったとする伝承があります。
ローマに戻った後、教皇ゼフィリノの注意を引き、助祭(ディアコノス)として仕え、教会の様々な業務を任されるようになりました。 ゼフィリノの死後、217年ごろ(あるいは218年)にカリストが第16代教皇として選ばれます。
教皇として、彼が特に重視したのが神のあわれみと赦しです。彼は、公に罪を犯した人々(例えば姦淫、殺人など)であっても悔い改める者には赦しを与えるべきだと主張しました。
この方針は一部の教父たちから厳しく批判され、ヒッポリュトスが反対し、対立して「反教皇(アンティポープ)」を名乗るほどの分裂が生じました。
また、彼はローマ初期教会の 埋葬地(カタコンベ、墓地)を整備 し、教会が直営で墓地を持つという先例を残したとの記録もあります。特に「カリストのカタコンベ」は、後に多くの殉教者や教皇たちが葬られる場所となりました。
カリストの最期には複数の伝承があります。一つには、ローマでキリスト教徒に対する暴動が起きた際、暴徒に襲われて殉教したとするものです。
また、彼の遺体は井戸に投げ込まれたとも伝えられ、夜中にある司祭(アステリオス)がその遺体を回収して埋葬したとの伝説もあります。ただし、歴史的に確実な記録は乏しく、いくつかの物語は後世の伝承によるものと考えられています。
カリストは、ローマの カレポディウスの墓地に埋葬されたとされています。
彼の殉教は、ローマ教会初期の信仰の証しとして、また「教皇でありながら殉教した最初の例(ただし聖ペトロを除く)」とも言われることがあります。
確かな記録として残っている 完全な名言 は非常に少ないのですが、教会の伝承や祈祷文の中に、彼の信仰的な精神を反映した言葉を見つけることができます。
たとえば、祈祷文や日課の祈りの一節にこうあります。
「もし罪があふれるなら、あわれみもあふれよ。主の手にあらゆるものの豊かさがあるから。」
(“If offences abound, then let mercy also abound; for with the Lord there is mercy, and with Him is plenteous redemption.”)
この言葉は、 罪がどれほど大きくとも、神のあわれみはそれを超える という信仰を表しています。
背景として、彼自身が失敗や挫折を経験し、また教会内部からも厳しい批判を受けながら、なお赦しと慈愛を主張し続けた姿勢が、この言葉と深く響き合います。
カリスト教皇は、教会が過ちを犯した者――たとえ重大な罪を犯した者――にも改めて戻ってくる道を開くべきだと考えました。これは、イエス・キリストの福音の中で語られる「赦し」の精神を具体的に教会の懐に取り入れようとする姿勢です。
この立場は、一部の初代教父(特にヒッポリュトスやテルトゥリアヌス)から “ゆるすぎる” として批判されました。彼らは教会規律を重んじ、重大な罪には厳しい懲戒を求めたからです。
しかし、カリストは「信仰共同体が救いの場である」こと、そして「罪人にも回復の希望がある」ことをあきらめずに説きました。これは、今日のカトリック信仰でも非常に大切にされているテーマです。
彼の教えによれば、教会は過ちを犯した者を永遠に拒むのではなく、悔い改める者を迎え入れる装置であるべきです。罪にとらわれた者にも、再び光の中へ戻る道を提示すること。これは、信仰生活における「回心」「懺悔」「再出発」の力につながります。
カリストは、教会が単なる礼拝の場だけでなく、信徒の生と死を見守る場所であることを重視しました。特に、カタコンベ(初期キリスト教の地下墓地)は、殉教者や信徒を共に祈りと記憶でつなぐ空間でした。彼がその整備に関与したことは、教会の「祈りと記憶」の使命を今に伝えるものです。
聖カリスト1世の生涯は、失敗と回復、そして赦しと信仰の継続というテーマに満ちています。
彼は、もともと宮廷奴隷という下層の立場から、教会の中心である教皇にまで召されました。しかも、彼が教皇として最も力を入れたのは、「罪を犯した者への配慮」「あわれみの心」「再び立ち上がる道を示すこと」でした。
彼の信仰の道は、今日の私たちにも問いを投げかけます。人は過ちを犯すものです。しかし、神のあわれみはそれを超える豊かさを持っておられます。教会は、裁く場ではなく、回復の場であるべきです。
私たちも、もし誰かに傷つけられたとしても、赦す力をいつくしみのうちに育てたいと思います。そしてまた、もし自分自身が過ちを犯したときには、再び立ち上がる希望を捨てずに、神のあわれみとともに歩みたいものです。