12月7日は、カトリック教会で「聖アンブロジオ司教・教会博士」を記念する日です。
アンブロジオは、法律家としての将来が期待されていた人物でしたが、神の導きによって突然ミラノの司教に選ばれました。
信仰の深さ、温かい人柄、そして情熱的な説教で多くの人を励まし、その中には後に偉大な聖人となるアウグスチヌスも含まれています。
その生涯は「備えのない者でも、神が望むときに大きな使命を担うことができる」ことを教えてくれます。
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アンブロジオはローマ貴族の家に生まれ、高い教育を受けて育ちました。父が亡くなると母と共にローマへ戻り、法律と行政の専門教育を受けます。
その才能は早くから周囲に認められ、ローマ皇帝ヴァレンティニアヌス1世から、リグリアとエミリア州の長官(総督に相当)として任命されました。
まだ若かったにもかかわらず、彼は公正さと温かさを兼ね備えた行政官として尊敬されました。
ミラノで司教が亡くなったとき、後継者選びは大きな混乱を生みました。当時、教会にはさまざまな立場の信者がいて、対立が大きかったのです。
その混乱を鎮めるために派遣されたのが、長官アンブロジオでした。彼が穏やかに人々をなだめていると、聴衆の中から突然声が上がりました。
「アンブロジオを司教に!」
驚いたのはアンブロジオ自身でした。というのも、彼はまだ洗礼すら受けていない状態だったのです。
しかし人々の熱望は止まず、皇帝もこの選出を支持しました。アンブロジオは祈りのうちにこの使命を受け入れ、短期間で洗礼を受け、司祭に叙階され、374年12月7日、正式にミラノ司教となりました。
司教となってからのアンブロジオは、もともとの法律家としての知性と、深い信仰を結びつけるようにして働きました。
特に知られるのは、
どれも力強く、温かく、そして非常に分かりやすかったため、多くの人が彼の説教に引き寄せられました。
その中には、のちに教会史上最大級の聖人となるアウグスチヌス(『告白』の著者)の母・聖モニカの姿もありました。
アンブロジオの言葉は、アウグスチヌスの回心に大きな影響を与えています。
アンブロジオは「四大ラテン教父」と呼ばれ、
と並んで、教会博士に数えられています。
彼の著作は神学から倫理、典礼に至るまで幅広く、特に典礼音楽や教会の歌にも影響を与えました。「アンブロジアン賛歌」と呼ばれる歌は、今もミラノで歌い継がれています。
アンブロジオは公務を誠実に果たし、信者のために全力で働き続けました。疲れが重なる中でも説教を続け、祈りと奉仕の生涯を貫き、397年、57歳で亡くなりました。
彼はミラノ大聖堂(サンタンブロージョ)に埋葬され、今も多くの巡礼者が訪れています。
「あなたが持つ力を、神と人のために使いなさい。」
(彼の説教から伝わる精神)
アンブロジオの生涯を見ると、「地位や知識は、自分のためではなく人のために用いるもの」というメッセージが浮かび上がります。
また、予想外の使命を前にしても逃げず、神の導きに身を委ねた姿勢は、現代を生きる私たちにも勇気を与えてくれます。
アンブロジオの特徴は「教えることに賜物があった」という点です。
彼の説教は、人の心を動かし、励まし、信仰へ導きました。また、教会の典礼や音楽にも貢献し、共同体の祈りを深める役割を果たしました。
現代の信者にとって、アンブロジオの生涯は「学び続けること」「謙虚に奉仕すること」の重要さを思い起こさせます。
聖アンブロジオは、信者でなかった青年が、突然神に選ばれ、ミラノ司教として大きな使命を果たした人物でした。
人々の心をつかむ説教、豊かな学識、そして誠実な行動力によって教会を支え、多くの人を救いました。
予想外の道が開かれるとき、その先に神の導きがあるかもしれない――アンブロジオの生涯は、そのことを静かに教えてくれます。