9月23日は、カトリック教会で「聖テクラおとめ」を記念する日です。
テクラは、初代教会で信仰に目覚め、様々な困難や迫害を乗り越えながらも、キリストへの献身を貫いた女性です。その生き方には、今を生きる私たちにもはっきりとした呼びかけがあるように感じます。
彼女はどのようにして信仰を選び、困難に立ち向かったのか、一緒に見ていきましょう。
Contents
・名前
聖テクラおとめ/Saint Thecla(または Thekla)
・生没年
1世紀頃(正確な生年・没年は不明)
・出身地・時代背景
小アジア(現在のトルコ、イコニオン〈Iconium〉)の裕福な家の出身です。当時はローマ帝国の支配下で、多くの地域で異教(ギリシャ・ローマの神々を信じる宗教)が主流でした。キリスト教はまだ広く認められておらず、迫害や誤解を受けることもありました。
・肩書き・役職
おとめ(処女)/殉教者/使徒パウロの弟子・宣教協力者
テクラは裕福な家庭に育ち、良い教育を受けていました。学問や文学などにも通じていたと伝えられています。
若いころ、婚約者がいて、両親もその結婚を望んでいました。ところが、あるとき使徒パウロがイコニオンを訪れ、”処女性”(chastity=結婚しないでキリストにささげる生き方)について説教したことがテクラの人生を変えました。
テクラはその説教を聞いて感銘を受け、婚約を破棄して信仰に生きることを決心します。
婚約者や家族はこの変化を好ましく思わず、テクラを説得しようとしたり、時には訴えを起こしたりしました。
テクラは婚約を破棄した後、パウロに従いながら宣教活動に携わります。イコニオンを離れ、アンチオキアやその他の地域を旅しました。
その過程で数々の迫害や困難に直面します。誤った訴えを受け、処刑を命じられることもありましたが、神の力によって奇跡的に守られます。野獣に投げ込まれたり、火刑にされそうになったり、水に投げられたり、毒蛇の穴に落とされたり――これらの試練から守られたと伝えられています。
また、彼女のもとには教えや助けを求めて多くの人々が集まりました。特に女性たちがテクラの生き方を手本とし、彼女とともに祈り、信仰を深めていきました。
晩年はセレウキアで生涯を終えたとされています。そこには彼女のための教会が建てられ、多くの人々から巡礼地として敬われてきました。
信頼できる出典には、テクラ自身が語ったとされるはっきりとした「名言」が残っているものは少ないですが、
「私はキリストの娘です。生ける神の子の娘です。彼だけが道であり、真理であり、命です」という言葉が、伝承の中で引用されることがあります。これは、彼女が信仰を通じて自分のアイデンティティをどのように認識していたかを示しています。
この言葉の背景としては、世界が持つ価値観(富、地位、結婚など)ではなく、キリストにある永遠の価値を彼女が選んだことが挙げられます。彼女は婚約を破棄し、社会の期待を捨て、神の愛に全てをゆだねるという決断をしました。
現代の私たちにとって、この言葉は「自分がどこに根ざしているか」「何を最も大切にするか」を問い直すきっかけとなります。たとえば、世間の成功や外からの評価ではなく、自分の心がどう在りたいかで生きることの大切さを教えてくれます。
貞潔(ちてき)・処女性(virginity)
テクラは結婚を拒み、処女としてキリストにささげることを選びました。これは、結婚しないことが目的ではなく、神との深い関係を優先する生き方の象徴です。
つまり、自分を分け与える献身の一形態として理解されます。教会では、処女性を励ます伝統がありますが、それはすべての人への義務ではなく、神が呼びかける人への道です。
殉教(martyrdom)と奇跡
テクラは迫害や死の危険にさらされながらも守られたとされます。これらの伝承には「奇跡」が多く含まれており、信仰に対する神の力と守りを証するものとされています。
教会はこれを、信仰の力を信じさせ、人々に希望を与える要素として重んじています。
使徒のモデルとしての教え
テクラは使徒パウロの教えを受け、彼とともに宣教活動に関わりました(「女使徒」的役割を果たしたという言い方もあります)。
これは男女を問わず、教えを学び、信仰を生きる者には、各人に与えられた立場で神の働きに参加する呼びかけがあることを示しています。
聖テクラおとめの生涯は、信仰によって自分の人生の基準を選ぶ勇気を教えてくれます。世間が期待する道ではなく、自分が本当に大切だと思うものに従う決断をした彼女の姿は、今の私たちにも「何を最も大切にするか」を問い直すきっかけになります。
また、困難や誤解、迫害に直面してもあきらめず、神への信頼を持ち続けたこと――それが奇跡的な守りにつながったという伝承は、希望と慰めを与えてくれます。
処女性など、教会で重んじられてきたテーマは、すべての人に要求されるものではありませんが、テクラの生き方を通じて、「献身」「自己犠牲」「信仰に忠実であること」の価値を理解することができるでしょう。
最後に、テクラはただ過去の人物ではなく、今を生きる私たちにとっても“生きた模範”です。彼女は「世間の価値」だけでなく「神の価値」に目を向け、自分の人生を神に託しました。私たちも日々の生活の中で、小さな選択を通して「何を信じるか」を表していくことができます。