8月11日は、カトリック教会で「スコットランドの聖マルガリタ」を記念する日です。
彼女は王家に生まれながら、自分の立場を誇るよりも、国と教会を整えることに力を注いだ女性です。
貧しい人びとに寄り添い、教育や修道院を広め、スコットランドを“祈りと学びの国”へ導いたことで、のちに聖人として尊ばれるようになりました。
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マルガリタはイングランド王エドワード・アイアンサイドの孫娘として生まれました。
伯父であるエドワード証聖王の宮廷で育ちますが、1066年のノルマン征服で祖国は大きく揺れ動きます。
翌年、母と妹とともに命からがらスコットランドへ渡り、国王マルコム3世の宮廷に迎え入れられました。
1070年、マルガリタはマルコム3世と結婚します。夫婦の仲はとても親密で、王子6人・王女2人をもうけました。
子どもたちの教育に熱心で、その中からスコットランド史上の賢王とされる「ダヴィド1世」が生まれています。
彼女の最大の功績は、スコットランドの教会改革でした。
ローマとの規律が緩かったスコットランド教会に、正しい典礼・断食・祭日などの習慣を整え、修道士を呼んで改革を進めました。
王妃でありながら、神学者のように教会制度を整えたことは非常に珍しいことです。
宮廷の悪習も改め、信仰と節度を重んじる生活へ導きました。マルコム3世自身も、彼女の影響で深い信仰を持つようになり、慈善事業に積極的に協力しました。
マルガリタは王妃でありながら、貧しい人や病人のもとへ自ら足を運びました。大斎・小斎の日は特に献身し、毎日数十人に食事を分け与えたと記録されています。
「王家の母」であると同時に、“貧しい人の母”とも呼ばれました。
イングランドの修道士を招き、ベネディクト会修道院を創立。ここは祈り・学問・教育の中心地となり、スコットランド文化の基盤を形作りました。
またエディンバラ城には美しい礼拝堂を建てさせました。それは現在まで残るスコットランド最古の建築のひとつです。
1093年、夫マルコム3世と息子が戦死した知らせを聞いた直後、マルガリタは深い悲しみの中で祈りつつ息を引き取りました。
彼女の死後、墓所は巡礼地となり、奇跡の報告が相次ぎます。1250年、教皇イノケンティウス4世によって正式に聖人に列せられました。
「私のすべての行いが、神を愛するためのものでありますように。」
これは彼女が宮廷改革を進める中で語ったと言われる言葉です。権威を振りかざすのではなく、神の前での謙遜を忘れない姿勢がよく表れています。
マルガリタの霊性は次の3つに要約できます。
信仰の秩序を整え、国を守る精神的な土台を築いた点。
“身分が高いほど低い人に仕えるべき”という態度。
王家を敬虔に保ち、聖なる家庭をつくる手本となった。
現代の教会でも、家庭の守護聖人・国家の守護聖人として尊ばれています。
スコットランドの聖マルガリタは、王家に生まれながら自分の地位を誇らず、国と教会をより良い形へ導いた王妃です。
宮廷改革、教会改革、修道院の創立、貧しい人びとの救済など、その働きは多方面に及びます。特に、子どもたちを敬虔に育て、スコットランド文化の礎となる教育と祈りの環境を整えたことは、今も大きな遺産となっています。
彼女の生き方は、「権力を持つ者ほど謙遜であれ」「弱い人に寄り添え」という福音の教えを私たちに示し続けています。