
5月25日は、カトリック教会で「聖マリア・マグダレナ(パッツィ)」を記念する日です。
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)は、イタリア・フィレンツェの名門パッツィ家に生まれたカルメル会修道女です。
幼いころから神への愛に満ち、生涯を神にささげたいと望みました。しかし、彼女の道は静かで美しい祈りだけではありませんでした。重い病気、心の苦しみ、絶望への誘惑など、耐えがたい試練も受けました。
それでも彼女は、「死よりも苦しみを」という言葉に表されるほど、キリストとともに苦しみを受け止めようとしました。
神への愛は、苦しみを消すだけでなく、苦しみの中で人を深く変えていく。聖マリア・マグダレナの生涯は、そのことを教えてくれます。
Contents
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)|プロフィール
- 名前
マリア・マグダレナ(パッツィ)/Mary Magdalene de’ Pazzi - 本名
カテリーナ・ルクレツィア・デ・パッツィ/Caterina Lucrezia de’ Pazzi - 生没年
1566〜1607年 - 出身地・時代背景
イタリアのフィレンツェ出身です。16世紀後半のイタリアは、カトリック教会の刷新が進んだ時代で、修道生活や祈りの深まりが重んじられました。 - 肩書き・役職
カルメル会修道女、おとめ、神秘家。1626年に列福され、1669年に教皇クレメンス10世によって列聖されました。
[注]パッツィ家は、1478年の「パッツィ家の陰謀」で知られるフィレンツェの名門です。ただし、聖マリア・マグダレナ(パッツィ)は事件の当事者ではなく、その約90年後に生まれた同家出身の修道女です。
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)の生涯
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)は、1566年4月2日、フィレンツェの名門パッツィ家に生まれました。
洗礼名はカテリーナ・ルクレツィアでした。豊かな家に生まれましたが、彼女の心は早くから神に向かっていました。
フィレンツェの名門に生まれ、神に心を向ける
マリア・マグダレナは、幼いころから信仰深く、神に親しく語りかけるような祈りを大切にしていました。
彼女は名門の家に生まれたため、世の中の名誉や豊かな暮らしに進む道もありました。しかし、心の中には、生涯を神にささげたいという強い望みがありました。
その望みに従い、彼女はフィレンツェのカルメル会修道院、天使の聖マリア修道院に入りました。
カルメル会は、祈り、沈黙、神との親しい一致を大切にする修道会です。マリア・マグダレナは、この祈りの道を深く歩むことになります。
18歳で誓願を立て、神秘の恵みを受ける
マリア・マグダレナは18歳で修道誓願を立てました。その後、彼女は神から多くの恵みを受けたと伝えられています。
彼女は、深い祈りの中で神の愛を強く感じ、神秘体験をした修道女として知られるようになりました。
ただし、神秘体験という言葉だけを聞くと、特別で遠い話に思えるかもしれません。けれども、彼女にとってそれは、人に見せるための不思議な出来事ではありませんでした。
神にもっと深く愛され、神をもっと深く愛するための恵みだったのです。
病と心の苦しみの中で「死よりも苦しみを」と祈る
マリア・マグダレナは、多くの恵みを受ける一方で、重い病気や精神的な苦しみも経験しました。
資料では、身体の痛み、激しい誘惑、心の暗さや絶望への誘惑に苦しんだことが伝えられています。
その中で彼女を表す言葉として知られているのが、「死よりも苦しみを」です。ラテン語では Non mori, sed pati と表されます。
これは、苦しみそのものを好んだという意味ではありません。キリストを愛するがゆえに、自分の苦しみをキリストの受難と結びつけて受け止めたい、という信仰の表れです。
苦しみから逃げたいと思うのは自然なことです。けれども彼女は、苦しみの中でも神から離れず、祈り続けました。
修道院の姉妹たちを高い徳へ導く
聖マリア・マグダレナは、自分だけの聖性を求めた人ではありませんでした。
彼女の深い祈りと神への愛は、同じ修道院の姉妹たちにも影響を与えました。資料では、彼女の知恵と愛が、修道女たちをより高い徳へ導いたと伝えられています。
カルメル会公式資料では、彼女が若い修道女たちの養成に関わり、1604年には副院長に選ばれたことも紹介されています。
病と苦しみの中にありながら、彼女は共同体を支えました。祈りの人であると同時に、姉妹たちを励ます人でもあったのです。
聖マリア・マグダレナは、1607年5月25日、41歳で亡くなりました。
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)の名言・エピソードから学ぶ
聖マリア・マグダレナを語るうえで、とても有名な言葉があります。
「死よりも苦しみを」
この言葉は、彼女の霊性をよく表しています。
もちろん、これは「苦しめばよい」という意味ではありません。キリストを愛する人として、苦しみの中でも神から離れず、愛を失わないという決意の言葉です。
彼女は病気や心の苦しみを受けましたが、その痛みをただの絶望で終わらせませんでした。祈りの中で、キリストの受難に結びつけたのです。
現代の私たちも、病気、孤独、不安、心の疲れを経験します。その時、「なぜ私だけ」と思うこともあります。
聖マリア・マグダレナは、苦しみを美化するのではなく、苦しみの中でも神に向かう道があることを教えてくれます。
カトリック的ポイント解説
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)の生涯で大切なのは、キリストの受難との一致です。
カトリックの信仰では、苦しみは本来、神が望んで人に押しつけるものではありません。病気や心の苦しみは、軽く扱ってよいものではないのです。
しかし、避けられない苦しみをキリストに結びつける時、その苦しみは孤独な痛みだけでは終わりません。
十字架のキリストは、苦しむ人の遠くにいるのではなく、その苦しみのただ中にともにおられます。
聖マリア・マグダレナは、この信仰を深く生きました。だからこそ、彼女は「苦しみの人」であると同時に、「愛の人」でもありました。
また、彼女の図像に見られる燃える心臓は、神への燃えるような愛を表します。手にする茨の冠は、キリストの受難に心を合わせたことを示します。
彼女の姿は、信仰とは痛みを消す魔法ではなく、痛みの中でも愛を失わない力であることを語っています。
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)|ゆかりの地・書籍・芸術
聖マリア・マグダレナのゆかりの地として重要なのは、イタリアのフィレンツェです。
彼女はフィレンツェに生まれ、カルメル会の天使の聖マリア修道院で修道生活を送りました。
また、彼女の遺体は腐敗しない状態で保存されていると伝えられ、現在はフィレンツェ近くのカレッジにある聖マリア・マグダレナ・デ・パッツィ修道院に安置されていると紹介されています。
芸術作品では、聖マリア・マグダレナ(パッツィ)は、しばしば胸に燃える心臓を持つ姿、または茨の冠を手にする姿で描かれます。
燃える心臓は、神への熱い愛を表します。茨の冠は、十字架のキリストの苦しみと一致しようとした彼女の祈りを表します。
この2つのしるしは、彼女の生涯をよくまとめています。燃える愛と、苦しみの中でも離れない信仰です。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖マリア・マグダレナ(パッツィ)は、フィレンツェの名門に生まれながら、カルメル会で神に生涯をささげた修道女です。
18歳で誓願を立て、多くの神秘的な恵みを受けましたが、同時に病気や心の苦しみ、絶望への誘惑にも耐えました。
彼女を表す「死よりも苦しみを」という言葉は、苦しみを愛するためではなく、キリストの受難に結ばれて愛を失わないための祈りでした。
燃える心臓と茨の冠で描かれる彼女は、痛みの中にも神への愛が燃え続けることを教えてくれます。
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