
5月13日は、カトリック教会で「聖マリア・ドメニカ・マザレロ修道女」を記念する日です。
彼女は、貧しい少女たちや子どもたちの教育に人生をささげた修道女でした。
小さな村で始まった裁縫教室は、やがて世界中へ広がる教育活動へと発展していきます。
その歩みの背景には、ドン・ボスコとの出会いがありました。
Contents
聖マリア・ドメニカ・マザレロ修道女|プロフィール
- 名前
マリア・ドメニカ・マザレロ/Maria Domenica Mazzarello - 生没年
1837年〜1881年 - 出身地・時代背景
北イタリア・モルネーゼ村/19世紀のイタリア - 肩書き・役職
修道女、扶助者聖母会(サレジアン・シスターズ)初代総長
聖マリア・ドメニカ・マザレロ修道女の生涯
ドメニカは、北イタリアのモルネーゼ村で生まれました。
両親はとても信仰深く、彼女は教会の教育を受けながら育ちます。
そのため、幼いころから祈りを大切にする少女でした。
少女たちのために始めた裁縫教室
17歳になると、ドメニカは「無原罪の聖マリア処女会」という信心会へ入ります。
そして友人たちと共に、少女たちへ裁縫を教える教室を始めました。
また、養育院を設け、子どもたちの世話も行っていました。
当時、多くの少女たちは十分な教育を受けられませんでした。
ドメニカは、そうした子どもたちへ寄り添い、自立できる力を与えようとしたのです。
ドン・ボスコとの出会い
ドメニカの活動に注目した人物がいました。
それが、青少年教育で知られるドン・ボスコです。
ボスコは、彼女の活動を励まし、助言を与え続けました。
さらに、信心会を正式な修道会へ発展させるよう働きかけます。
こうして創立されたのが、サレジアン・シスターズ(扶助者聖母会)でした。
ドン・ボスコが創立者、ドメニカが初代総長となり、新しい女性修道会が誕生したのです。
>>今日の聖人は聖ヨハネ・ボスコ司祭(ドン・ボスコ)[1月31日]を見る
世界へ広がった教育活動
ドメニカは、少女たちへの教育をとても大切にしました。
彼女の死後も、修道会は世界各地へ広がっていきます。
現在も、サレジアン・シスターズは、学校や福祉施設などを通して、青少年教育に取り組んでいます。
日本へは1929年に来日しました。
東京、大阪、長崎、大分など各地で、星美学園や養護施設などの教育活動を行っています。
聖マリア・ドメニカ・マザレロ修道女の名言・エピソードから学ぶ
ドメニカの生涯から伝わってくるのは、「小さな教育が人を育てる」という思いです。
彼女は、大きな権力や地位を持っていたわけではありません。
しかし、目の前の少女たちへ丁寧に寄り添うことで、多くの人の人生を支えました。
小さな教室から始まった活動が、世界へ広がっていったことは、とても印象的です。
カトリック的ポイント解説
聖マリア・ドメニカ・マザレロから学べるテーマは、教育を通した愛の実践です。
カトリック教会では、教育は単に知識を教えるだけではなく、「人を大切に育てること」だと考えられています。
ドメニカは、特に少女たちが安心して成長できる場所を作ろうとしました。
また、ドン・ボスコと協力しながら活動した姿からは、「支え合いながら使命を果たす大切さ」も感じられます。
現代でも、子どもや若者を支える教育の役割は、とても重要です。
聖マリア・ドメニカ・マザレロ修道女|ゆかりの地・日本での活動
現在も、サレジアン・シスターズは世界各地で教育活動を続けています。
日本でも、東京や大阪、長崎、大分などで学校や養護施設の運営に関わっています。
特に星美学園は、サレジアン・シスターズと深い関わりを持つ教育機関として知られています。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖マリア・ドメニカ・マザレロ修道女は、少女たちの教育と成長のために生涯をささげた聖人でした。
小さな村の裁縫教室から始まった活動は、ドン・ボスコとの出会いを通して世界的な教育運動へと発展していきます。
彼女の歩みは、「一人ひとりを大切にする教育」が、社会を変える力を持つことを教えてくれます。
また、子どもたちへ寄り添い続けた姿からは、本当の愛とは何かを感じさせられます。
現代でも、多くの若者が不安や孤独を抱えています。
そんな時こそ、ドメニカのように、目の前の一人を大切にする姿勢が必要なのかもしれません。

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