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福者アンナ・タイギ

6月8日は、カトリック教会で「福者アンナ・タイギ」を記念する日です。

福者アンナ・タイギは、ナポレオン失墜を予言したと伝わる母として知られる福者です。

同時に、7人の子どもを育てながら、病人や貧しい人に尽くした既婚女性でもありました。

福者アンナ・タイギ|プロフィール

  • 名前
    アンナ・タイギ/Anna Taigi
  • 生没年
    1769〜1837年
    ※日本語資料では1836年とされることもありますが、主要資料では1837年1月9日帰天とされています。
  • 出身地・時代背景
    イタリアのシエナに生まれ、のちにローマで暮らしました。18世紀末から19世紀前半の社会不安と教会の困難の時代に生きました。
  • 肩書き・役職
    既婚女性、母、福者。1889年に教皇レオ13世によって列福されました。

福者アンナ・タイギの生涯

福者アンナ・タイギは、信仰深い家庭に生まれました。

学校教育は十分ではなかったとされますが、教理を自分で学び、信仰を深めていきました。

家庭を支えながら生きる

アンナは、家計を助けるために働いていた家で出会った男性と結婚しました。

結婚後の生活は楽ではありませんでした。

それでも7人の子どもを育て、家庭を守りました。

彼女の信仰は、修道院ではなく、毎日の暮らしの中で育まれました。

病人と貧しい人に仕える

アンナは、自分の家族だけでなく、病人や貧しい人にも心を向けました。

生活が苦しい中でも、人を助けることをやめなかったと伝えられています。

また、本人も病気がちでした。

その苦しみの中で、彼女は心の中で

「み旨がおこなわれますように」

と唱えていたとされます。

予言の賜物で知られるようになる

アンナには、将来の出来事について特別な洞察を与えられていたと伝える資料があります。

資料には、ナポレオンの失墜や、追放されていた教皇ピオ7世の帰還について語ったとあります。

この種の話は伝承として慎重に扱う必要がありますが、少なくとも当時、多くの人がアンナを信頼し、助言を求めていたことは確かです。

そのため、身分の高い人から普通の人まで、さまざまな人びとが彼女を訪ねたと伝えられています。

家庭の中で聖性を生きる

アンナは、修道女でも聖職者でもありませんでした。

妻として、母として、そして家庭の中で祈る人として生きました。

その姿が、多くの人の心を動かしました。

1837年、ローマで亡くなりました。

福者アンナ・タイギの名言・エピソードから学ぶ

福者アンナ・タイギをよく表すのは、

「み旨がおこなわれますように」

という心の祈りです。

大きな業績よりも、この祈りに彼女の信仰が見えます。

苦しい家計、病気、子育ての重さの中でも、神のみ旨を信頼しようとしました。

カトリック的ポイント解説

福者アンナ・タイギの生涯で大切なのは、家庭の中の聖性です。

カトリックでは、聖性は修道院や教会の中だけのものではありません。

家庭を支え、子どもを育て、人を助け、苦しみの中で祈ることも、神に向かう道です。

アンナの生涯は、それを静かに示しています。

福者アンナ・タイギ|ゆかりの地・書籍・芸術

福者アンナ・タイギのゆかりの地として大切なのは、シエナローマです。

シエナは出生地、ローマは家庭生活と信仰生活の中心となった場所です。

芸術では、既婚女性、母、祈る女性として描かれることが多くあります。

また、家族とともにいる姿や、貧しい人に仕える場面で表されることもあります。

まとめ|今日の聖人から学べること

福者アンナ・タイギは、ナポレオン失墜を予言したと伝わる母です。

同時に、7人の子どもを育てながら、病人や貧しい人に仕えました。

福者アンナ・タイギは、家庭の中でも聖性は育つことを教えてくれます。