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聖チリロ(アレクサンドリア)司教教会博士

6月27日は、カトリック教会で「聖チリロ(アレクサンドリア)司教教会博士」を記念する日です。

聖チリロは、431年のエフェソ公会議で、聖母マリアが「神の母(テオトコス)」であることを守った総大司教です。

ネストリウスの異説と戦い、教会の信仰を守った人物として深く記憶されています。

聖チリロ(アレクサンドリア)|プロフィール

  • 名前
    チリロ(アレクサンドリア)/Cyril of Alexandria
  • 生没年
    不詳〜444年
  • 出身地・時代背景
    エジプトのアレクサンドリアに生まれました。5世紀前半、キリストの神性と人性、そして聖母マリアの呼び方をめぐって教会が大きく揺れていた時代に生きました。
  • 肩書き・役職
    アレクサンドリア総大司教、教会博士。東方教会の四大教父の一人とされ、「聖母マリアの神学博士」とも呼ばれます。

聖チリロの生涯

聖チリロは、エジプトのアレクサンドリアに生まれました。

若いころから教会の学びに深く関わり、やがてアレクサンドリア教会の中心人物となります。

アレクサンドリアの総大司教となる

チリロは、412年にアレクサンドリアの総大司教となりました。

当時のアレクサンドリアは、学問と神学の大きな中心地でした。

そのため、この地の総大司教は、単なる地方の司教ではなく、教会全体に強い影響を持つ立場でした。

チリロはその責任の中で、多くの説教や著作を書き、異説や異教に対して反論していきます。

ネストリウスの異説に反論する

特に有名なのが、ネストリウスとの論争です。

ネストリウスは、マリアを神の母「テオトコス」ではなく、人間としてのイエスの母「クリストトコス」とだけ呼ぶべきだと主張した。これは、マリアが産んだ方を神の子そのものではなく、人間としてのイエスに分けて考える異説だった。

この問題は、単なる呼び名の違いではありませんでした。

イエス・キリストが本当に神であり、本当に人であるという教会の信仰そのものに関わる問題だったのです。

チリロはここで、マリアが産んだ方が神の子そのものである以上、教会がマリアを「神の母」と呼ぶのは正しいと強く主張しました。

431年、エフェソ公会議に教皇代理として出席する

この論争を解決するため、431年にエフェソ公会議が召集されました。

チリロは教皇の代理として出席し、会議の中心人物となります。

そしてこの公会議で、ネストリウスの異説は退けられ、聖母マリアが「神の母(テオトコス)」であることが確認されました。

ここに、チリロの名が歴史に深く刻まれる理由があります。

彼は、聖母マリアを高く上げるために戦ったのではなく、キリストが誰であるかという信仰を守るために戦ったのです。

投獄されても立場を変えなかった

しかし、この戦いは公会議で終わったわけではありませんでした。

ネストリウス側が皇帝に訴えたため、チリロは逮捕され、投獄されました。

それでも彼は、自分の立場を変えませんでした。

釈放後もネストリウスの異説と戦い続け、教会の信仰を守る働きを続けました。

「聖母マリアの神学博士」と呼ばれる

チリロは後に、東ローマ教会の四人の教父の一人とされます。

また、特に聖母マリアについての教会の理解を深めたことから、「聖母マリアの神学博士」とも呼ばれています。

444年に帰天しました。

聖チリロの名言・エピソードから学ぶ

聖チリロは多くの著作を残していますが、この記事では出典のあいまいな短い名言を無理に挙げません。

この聖人で最も印象に残るのは、マリアを「神の母」と呼ぶことが、実はキリストへの正しい信仰を守ることだった、という点です。

つまりチリロの戦いは、マリア論だけの議論ではなく、キリスト論そのものを守る戦いでした。

カトリック的ポイント解説

聖チリロの生涯で大切なのは、キリストへの正しい信仰神の母テオトコス です。

カトリック信仰では、聖母マリアを「神の母」と呼ぶのは、マリア自身を神にするためではありません。

彼女が産んだ方が、まことの神であり、まことの人であるイエス・キリストだからです。

チリロは、この真理を守るために論争し、投獄まで経験しました。

その姿は、教会の信仰は曖昧な妥協ではなく、キリストが誰であるかをはっきり言い表すことによって守られると教えてくれます。

聖チリロ(アレクサンドリア)|ゆかりの地・書籍・芸術

聖チリロのゆかりの地として大切なのは、アレクサンドリアエフェソです。

アレクサンドリアは彼が総大司教として働いた町、エフェソは彼の名を歴史に残した公会議の地です。

芸術では、司教の装いで描かれ、書物、巻物、あるいは公会議の場面とともに表されることがあります。

まとめ|今日の聖人から学べること

聖チリロ(アレクサンドリア)は、ネストリウスに反論し、431年のエフェソ公会議で聖母マリアが「神の母(テオトコス)」であることを守った総大司教です。

投獄されても立場を変えず、キリストについての教会の信仰を守り抜きました。

聖チリロは、聖母への正しい敬意は、キリストへの正しい信仰から生まれることを教えてくれます。