
6月26日は、カトリック教会で「聖ヨハネ、聖パウロ殉教者」を記念する日です。
聖ヨハネと聖パウロは、ローマで秘密裏に処刑された兄弟殉教者です。
彼らの邸宅の場所には後に教会が建てられ、今もその記憶が残っています。
Contents
聖ヨハネ、聖パウロ|プロフィール
- 名前
ヨハネ、パウロ/John and Paul - 生没年
4世紀 - 出身地・時代背景
詳しい出生地ははっきりしませんが、ローマ帝国後期に生きた兄弟と伝えられています。キリスト教が広まりながらも、皇帝ユリアヌスの時代には再び厳しい圧力が加えられた時代でした。 - 肩書き・役職
殉教者。コンスタンティヌス皇帝の娘コンスタンティナの宮廷に仕えた高官の兄弟と伝えられます。
聖ヨハネ、聖パウロの生涯
聖ヨハネと聖パウロは、兄弟であったと伝えられています。
二人は、コンスタンティヌス皇帝の娘コンスタンティナの宮廷で高い地位にあった人物でした。
コンスタンティナの宮廷に仕えた兄弟
二人は宮廷に仕える高官として、人望も厚かったと伝えられています。
そのため、ただの無名の信者ではなく、社会的にも目立つ立場にあった兄弟でした。
ここが、この聖人たちの特徴の一つです。
身分も名誉も持っていた人が、それでも信仰を優先したのです。
ユリアヌス帝への仕官を拒む
355年にローマ皇帝となったユリアヌスは、キリスト教を捨て、信者たちに厳しい圧力を加えたことで知られています。
ヨハネとパウロは、その皇帝に仕えることを拒みました。
そして、命をかけて信仰を守ることを宣言したと伝えられています。
この拒否によって、二人は皇帝の怒りを買うことになりました。
公の処刑ではなく、邸宅で秘密裏に殺される
しかし、二人は人望が厚く、多くの人から敬愛されていました。
そのため皇帝は、公に処刑して民衆の心を刺激することを避けようとしたと伝えられています。
そこで、二人はローマにあった自分たちの邸宅に送られ、その場所で秘密裏に処刑されました。
ここに、この殉教の特異さがあります。
広場での公開処刑ではなく、自宅という私的な場所で静かに命を奪われたのです。
35年後、その邸宅の上に教会が建てられる
彼らが殉教してから約35年後、パマチウスという元老院議員が、その邸宅の場所に教会を建てたと伝えられています。
つまり、彼らが殺された場所そのものが、後に祈りの場所へ変えられたのです。
このことは、教会が二人の殉教を深く記憶し続けたことを示しています。
1887年の発掘で邸宅跡が見つかる
さらに1887年、御受難会の修道者たちがこの聖堂を発掘したところ、二人の邸宅がそのままの姿で現れたと伝えられています。
そこでは、壁に描かれた十字架や羊などのキリスト教のシンボルも発見されました。
この発見によって、彼らの記憶は伝説としてだけでなく、場所と結びついた形でいっそう鮮やかに意識されるようになりました。
聖ヨハネ、聖パウロの名言・エピソードから学ぶ
この兄弟について、本人たちの短い言葉として広く確実に伝わる名言は多くありません。
そのため、この記事では出典のあいまいな言葉は取り上げません。
心に残るのは、二人が高官でありながら、皇帝への仕官よりも信仰への忠実さを選んだことです。
立場を失うだけでなく、命を失うとわかっていても、その選択を変えませんでした。
カトリック的ポイント解説
聖ヨハネと聖パウロの生涯で大切なのは、証し と 忠実さ です。
カトリック信仰では、殉教は単に苦しんで死ぬことではありません。
キリストへの忠実さを、最後まで自分の生き方で証しすることです。
この兄弟は、宮廷に仕える高官という立場にありながら、皇帝ではなくキリストに従うことを選びました。
その姿は、信仰は地位や安全よりも深いところで人を決定することを示しています。
聖ヨハネ、聖パウロ|ゆかりの地・書籍・芸術
聖ヨハネと聖パウロのゆかりの地として最も大切なのは、ローマのチェリオの丘です。
二人の邸宅の上に建てられた教会は、今日もその記憶を伝える場所として知られています。
芸術では、兄弟の殉教者として並んで描かれることが多く、宮廷人の装いと殉教者のしるしをあわせ持つ姿で表されることもあります。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖ヨハネ、聖パウロは、コンスタンティナの宮廷に仕えた高官の兄弟であり、ユリアヌス帝への仕官を拒んで、ローマの邸宅で秘密裏に処刑された殉教者です。
その邸宅の場所には後に教会が建てられ、発掘によって壁のキリスト教シンボルも見つかりました。
聖ヨハネと聖パウロは、目立つ立場にあっても、最後にはキリストへの忠実さを選ぶ信仰を教えてくれます。
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