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聖パウリノ(ノラ)司教

6月22日は、カトリック教会で「聖パウリノ(ノラ)司教」を記念する日です。

聖パウリノは、ボルドーの裕福な法律家から、ノラで貧しい人に家を開いた司教へと歩んだ聖人です。

子どもを失う悲しみの中で、財産よりも神と隣人への愛を選びました。

聖パウリノ(ノラ)|プロフィール

  • 名前
    パウリノ(ノラ)/Paulinus of Nola、Pontius Meropius Anicius Paulinus
  • 生没年
    354年ごろ〜431年
  • 出身地・時代背景
    ガリア地方のボルドーの裕福な家に生まれました。4世紀末から5世紀初めのローマ帝国末期に生き、古典教養とキリスト教信仰が深く交わる時代を生きました。
  • 肩書き・役職
    法律家、詩人、司祭、ノラの司教。

聖パウリノの生涯

聖パウリノは、フランスのボルドーに生まれました。

父はガリア地方の高官で、イタリアやスペインにも土地を持つほどの名家でした。

アウソニウスに学んだ法律家

若いころのパウリノは、詩人アウソニウスから教育を受けました。

高い古典教養を身につけた彼は、後に法律家として歩みます。

この時点では、後にノラの司教となる姿は、まだ見えていませんでした。

妻テラシアと洗礼を受ける

その後、ヨーロッパ各地を旅したパウリノは、スペイン人のテラシアと結婚します。

二人はしばらく裕福な生活を送りましたが、やがて洗礼を受け、キリスト者として生きるようになります。

この夫婦の信仰は、のちに生活そのものを大きく変えることになりました。

生後1週間の子を失い、財産を手放す

長いあいだ子どもに恵まれなかった二人に、ようやく男の子が生まれました。

しかし、その子は生後1週間で亡くなってしまいます。

この深い悲しみを通して、パウリノとテラシアは、いっそう神に向かうようになりました。

そして、質素な生活を選び、財産のほとんどを貧しい人びとや教会のために差し出します。

助祭でないまま司祭に叙階される

パウリノの模範的で愛徳に満ちた生活は、広く評判になっていきました。

そのため、当時まだ助祭でなかったにもかかわらず、バルセロナの司教によって司祭に叙階されます。

それほどまでに、彼の生き方そのものが人びとの信頼を集めていました。

ノラで巡礼者と貧しい人に家を開く

その後、パウリノはフランスの土地を売り、ナポリ近くのノラへ移ります。

ノラでは水路を作り、フォンディに教会を建て、また自分の住む家の一階を巡礼者や貧しい人びとのために提供しました。

彼自身は二階で友人たちと半観想的な生活を送り、妻テラシアはこの小さな共同体の雑務を担いました。

ここに、この聖人の最も印象的な特徴があります。

ただ施しをしただけでなく、自分たちの家そのものを、困っている人のための場にしたのです。

聖フェリックスへの信心とノラでの歩み

パウリノは、ノラの聖フェリックスへの深い信心で知られています。

フェリックスは迫害の時代に苦しみを受けた聖人で、その遺体はパウリノの家の近くに埋葬されていました。

パウリノは彼をたたえる詩を書き、その信心を広めました。

また、友人にはアンブロジオ、アウグスティヌス、ヒエロニムスのような著名な教父たちがいました。

409年にノラの司教となる

409年、パウリノはノラの司教に選ばれます。

司牧の細かな内容は多く残っていませんが、彼の生活の中心が貧しい人への愛と祈りにあったことは確かです。

司教となってからも、その生き方は変わりませんでした。

最後の銀50枚を施して世を去る

431年6月22日、パウリノは二人の司教とともにミサをささげました。

その後、最後の施しとして、貧しい人に銀50枚を渡したと伝えられています。

そして、その日の晩の祈りの時に息を引き取りました。

彼の最期まで、貧しい人への愛が途切れることはありませんでした。

聖パウリノの名言・エピソードから学ぶ

聖パウリノは、多くの書簡と詩を残した人物です。

その全体を一言で表すのは難しいですが、彼の生涯そのものが語っています。

特に印象に残るのは、子どもを失う悲しみをきっかけに、財産を守る道ではなく、貧しい人に開く道を選んだことです。

この姿は、悲しみが人を閉ざすだけでなく、愛へと深めることもあると教えてくれます。

カトリック的ポイント解説

聖パウリノの生涯で大切なのは、回心愛徳 です。

カトリック信仰では、財産を持つこと自体が悪なのではありません。

けれども、神の前で何を優先するかが問われます。

パウリノは、名家の地位、財産、教養を失うことを恐れず、それらを神と隣人への奉仕へ変えました。

その姿は、福音が生活の形を本当に変えることを示しています。

聖パウリノ(ノラ)|ゆかりの地・書籍・芸術

聖パウリノのゆかりの地として大切なのは、ボルドーバルセロナ、そしてノラです。

芸術では、司教の姿で描かれるほか、書物や巻物を持つ姿、あるいは貧しい人や巡礼者を迎える場面で表されることがあります。

詩人・書簡家としての顔と、貧しい人に仕えた司教としての顔の両方を持つ聖人です。

まとめ|今日の聖人から学べること

聖パウリノ(ノラ)は、ボルドーの裕福な法律家から、子を失う悲しみを通して回心し、ノラで巡礼者と貧しい人に家を開いた司教です。

最後には銀50枚を施して、その晩の祈りの中で息を引き取りました。

聖パウリノは、悲しみも財産も教養も、神と隣人への愛に変えうることを教えてくれます。