
6月2日は、カトリック教会で「聖マルチェリノと聖ペトロ」を記念する日です。
二人は、ローマ皇帝ディオクレティアヌスの迫害時代に殉教した聖人です。
マルチェリノは司祭、ペトロは祓魔者として伝えられています。
牢獄に入れられても、二人は信仰を隠しませんでした。
むしろ、獄中で出会った人びとにキリストを語り、最後まで福音を証ししました。
逃げられる状況があっても、あえて残った二人の姿は、信仰とは自分だけ助かることではなく、人を神へ導く愛でもあると教えてくれます。
Contents
聖マルチェリノと聖ペトロ|プロフィール
- 名前
マルチェリノ/Marcellinus
ペトロ/Peter - 生没年
不詳〜303年ごろ - 出身地・時代背景
ローマで活動した初代教会の聖人です。ディオクレティアヌス帝の迫害時代、キリスト教徒は信仰を理由に捕らえられ、命を奪われることがありました。 - 肩書き・役職
マルチェリノは司祭、ペトロは祓魔者と伝えられます。二人はローマの殉教者として古くから敬われ、ミサのローマ奉献文にも名前が残されています。
聖マルチェリノと聖ペトロの生涯
聖マルチェリノと聖ペトロについて、くわしい生涯は多く残っていません。
しかし、二人がローマの教会で大切に記憶されてきた殉教者であることは、古い伝承や典礼の中に見ることができます。
ディオクレティアヌス迫害の時代
二人が生きた時代、ローマ帝国ではキリスト教徒への迫害が強まりました。
とくにディオクレティアヌス帝の時代には、教会が厳しく弾圧され、多くの信者が捕らえられました。
マルチェリノとペトロも、キリスト教徒であるという理由で捕らえられたと伝えられています。
罪を犯したからではありません。
キリストを信じ、その信仰を捨てなかったために、牢獄へ入れられたのです。
獄中で人びとに信仰を伝える
牢獄は、普通なら恐れと絶望の場所です。
しかし、マルチェリノとペトロにとっては、そこも福音を伝える場所になりました。
伝承によると、ペトロは獄中で守衛の娘をいやした、または悪霊から解放したとされています。
この出来事をきっかけに、守衛の家族はキリスト教へ導かれました。
さらに、牢獄にいた信者たちは逃がされたと伝えられます。
けれども、マルチェリノとペトロは逃げませんでした。
彼らは残り、まだキリストを知らない人びとに教えを説き続けたのです。
森の中で殉教する
やがて二人は、ローマ郊外の森へ連れて行かれました。
伝承では、その場所は「黒い森」と呼ばれていたとされます。
二人はそこで、自分たちの墓を掘らされた後、斬首されて殉教したと伝えられています。
人目につかない森で処刑されたのは、彼らの墓が信者たちに知られないようにするためだったとも考えられます。
しかし、その思惑は成功しませんでした。
二人の殉教は教会に記憶され、のちに遺骸は大切にまつられました。
ローマの教会に名を残す二人
聖マルチェリノと聖ペトロは、ローマのラビカナ街道沿いにある墓地と深く関わります。
その墓地は、古代ローマのキリスト教徒にとって大切な記憶の場所でした。
また、二人の名前はローマのミサの奉献文にも入っています。
これは、彼らが初代教会で深く敬われてきたことを示しています。
歴史の表舞台に大きな言葉を残した人物ではありません。
けれども、牢獄の中で福音を伝え、最後まで信仰を捨てなかった二人の名は、教会の祈りの中に残ったのです。
聖マルチェリノと聖ペトロの名言・エピソードから学ぶ
聖マルチェリノと聖ペトロ本人の言葉として、確実に広く伝わる名言は多くありません。
そのため、この記事では出典のあいまいな言葉を名言として紹介することは避けます。
代わりに大切にしたいのは、二人が逃げずに牢獄へ残ったというエピソードです。
守衛の家族が信仰へ導かれ、信者たちが逃がされた時、二人にも逃げる道があったかもしれません。
それでも彼らは、まだキリストを知らない人のために残りました。
この姿は、信仰が自分だけの安全や安心で終わらないことを教えてくれます。
本当の信仰は、人の救いを願う愛へ向かうのです。
カトリック的ポイント解説
聖マルチェリノと聖ペトロの生涯で大切なのは、殉教と獄中の宣教です。
殉教とは、信仰のために命をささげることです。
ただし、カトリックでいう殉教は、死を望むことではありません。
神への信頼と人への愛を、最後まで捨てなかった証しです。
二人は、牢獄という閉ざされた場所でも福音を語りました。
これは、どんな場所でも神の言葉は閉じこめられないことを示しています。
現代の私たちは、迫害の牢獄に入ることは少ないかもしれません。
それでも、家庭、職場、学校、病気や孤独の中など、思い通りにならない場所に置かれることがあります。
聖マルチェリノと聖ペトロは、そのような場所でも、希望を失わず、神の愛を伝えることができると教えてくれます。
聖マルチェリノと聖ペトロ|ゆかりの地・書籍・芸術
二人のゆかりの地として大切なのは、ローマのラビカナ街道です。
この道沿いには、二人の墓と結びつく古いキリスト教墓地がありました。
また、コンスタンティヌス帝は、二人を記念する聖堂を建てたと伝えられています。
二人の墓や記憶は、迫害の時代を生きたローマ教会の信仰を今に伝えるものです。
芸術では、マルチェリノは司祭の姿、ペトロは祓魔者または殉教者として描かれることがあります。
二人を描く時には、牢獄、十字架、殉教者のしゅろ、森、ローマの地下墓地などが象徴になります。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖マルチェリノと聖ペトロは、ディオクレティアヌス迫害の時代にローマで殉教した聖人です。
マルチェリノは司祭、ペトロは祓魔者として伝えられ、キリスト教徒であるという理由で捕らえられました。獄中でも二人は信仰を隠さず、人びとにキリストを語りました。
守衛の家族が信仰へ導かれ、信者たちが逃がされた後も、二人は逃げずに残ったと伝えられます。最後は森の中で斬首されました。
二人の姿は、信仰とは自分だけの救いではなく、最後まで人の救いを願う愛であると教えてくれます。
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