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聖マリア・ゴレッティおとめ殉教者

7月6日は、カトリック教会で「聖マリア・ゴレッティおとめ殉教者」を記念する日です。

聖マリア・ゴレッティは、12歳の少女でありながら、罪に抵抗し、死の直前には自分を傷つけた相手を赦したことで深く記憶されています。

その生涯は短いですが、純粋さ、勇気、そして赦しの大きさによって、今も多くの人の心を打ちます。

聖マリア・ゴレッティ|プロフィール

  • 名前
    マリア・ゴレッティ/Maria Goretti
  • 生没年
    1890年〜1902年
  • 出身地・時代背景
    イタリアのアンコーナ近郊に、信仰深い農夫の娘として生まれました。貧しい農村の生活の中で、家族を助けながら育ちました。
  • 肩書き・役職
    おとめ殉教者、貞潔の殉教者として尊ばれる聖人。

聖マリア・ゴレッティの生涯

聖マリア・ゴレッティの生涯はとても短いものです。

けれども、その短い年月の中に、家族への献身、罪への抵抗、そして驚くほど大きな赦しが刻まれています。

父を失い、10歳で家事と兄弟の世話を担う

マリア・ゴレッティは、イタリアのアンコーナの信仰深い農夫の娘として生まれました。

10歳のときに父を失ったため、母が畑仕事に出るあいだ、マリアは家事や兄弟たちの世話をして家を支えました。

ここに、この聖人の第一の特徴があります。

彼女はただ「かわいそうな少女」として記憶されるのではなく、幼いながら家族のために働いた、責任感のある子どもだったのです。

「それは罪です」と言って抵抗する

隣家の息子アレッサンドロは、マリアに対してよからぬ思いを抱いていました。

母の留守をねらって何度も彼女を誘惑しましたが、マリアは抵抗し続けました。

そして12歳のとき、アレッサンドロは短剣を持って彼女を脅します。

そのときマリアは、「それは罪です」と言って抵抗しました。

この言葉は、この聖人を理解するうえでとても大切です。

彼女はただ怖がって逃げたのではありません。

何が善で何が罪かを、幼いながらはっきり知っていて、それを守ろうとしたのです。

12歳で致命傷を負い、翌日に亡くなる

マリアが抵抗したため、アレッサンドロは彼女を刺しました。

致命傷を負ったマリアは、翌日に息を引き取ります。

この場面はあまりにも痛ましいものです。

けれども教会が彼女を記念するのは、悲劇の被害者としてだけではありません。

罪に対して屈せず、神の前で正しいことを選んだ証しの人として受け止めているからです。

死の直前に加害者を赦す

マリアは亡くなる前に、

「彼を赦してやってくださいね。いつか、天国でまた会いたいわ」

と言い残したと伝えられています。

ここが、この聖人の生涯で最も大きな光です。

自分を深く傷つけた相手に対して、恨みではなく赦しを願ったのです。

しかもその赦しは、ただ「罰しないでほしい」というだけではありません。

いつか天国で再び会いたい、つまり相手の救いまでも願う赦しでした。

29年後、母もまた赦しを生きる

アレッサンドロは逃亡しましたが、まもなく捕らえられました。

そして29年後、監獄から出所した彼は、マリアの母に赦しを願いに行きます。

すると母は、娘の言葉どおり彼を迎え入れ、赦し、ともにマリアのために教会でミサをささげました。

ここで、この聖人の物語は一人の少女の死で終わりません。

マリアの赦しが、母の中でも生き続けたことによって、福音の力がさらに深く示されるのです。

アレッサンドロの回心

その後、アレッサンドロはカプチン会の修道院に入り、庭師として生涯を罪の償いのためにささげたと伝えられています。

これは、マリアの赦しが空しい言葉ではなかったことを示しています。

彼女の赦しは、加害者の心にまで届き、その後の人生を変えていったのです。

聖マリア・ゴレッティの名言・エピソードから学ぶ

聖マリア・ゴレッティを最もよく表すのは、「それは罪です」という抵抗の言葉と、

「彼を赦してやってくださいね。いつか、天国でまた会いたいわ」という赦しの言葉です。

この二つが一緒にあることが、とても重要です。

彼女は罪を罪としてあいまいにせず、同時に罪を犯した人の救いをも願いました。

カトリック的ポイント解説

聖マリア・ゴレッティの生涯で大切なのは、貞潔赦し です。

カトリック信仰でいう貞潔は、単に何かを我慢することではありません。

自分の体も心も神から与えられた尊いものとして守る姿勢です。

マリアは、それを12歳の少女として証ししました。

そしてもう一つ大切なのが、赦しです。

彼女は罪を正しいとは言いませんでした。

それでも、罪を犯した相手が神の前で救われることを願いました。

ここに、キリスト教的な赦しの深さがあります。

聖マリア・ゴレッティ|ゆかりの地・書籍・芸術

聖マリア・ゴレッティのゆかりの地として大切なのは、アンコーナ周辺の生地と、彼女の殉教と記憶に結びつくイタリアの教会です。

芸術では、白い衣、百合、若い少女の姿、あるいは赦しを象徴する穏やかな表情で描かれることがあります。

彼女はしばしば、純潔と赦しのしるしを帯びた若い殉教者として表現されます。

まとめ|今日の聖人から学べること

聖マリア・ゴレッティは、父を早くに亡くした後、家事と兄弟の世話を担いながら生きたイタリアの少女です。

12歳のとき「それは罪です」と言って誘惑に抵抗し、致命傷を負いながらも加害者を赦して殉教しました。

さらに29年後には、母もその赦しを生き、アレッサンドロを迎え入れました。

聖マリア・ゴレッティは、罪をあいまいにしない強さと、相手の救いを願う赦しをあわせ持つことの大切さを教えてくれます。