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聖アントニオ・マリア・ザカリア司祭

7月5日は、カトリック教会で「聖アントニオ・マリア・ザカリア司祭」を記念する日です。

聖アントニオ・マリア・ザカリアは、医師として人の体を助けようとした人が、さらに司祭となって人の魂を導こうとした聖人です。

その歩みは、信仰と実際の奉仕が切り離されていないことを、今にもよく伝えてくれます。

聖アントニオ・マリア・ザカリア|プロフィール

  • 名前
    アントニオ・マリア・ザカリア/Anthony Mary Zaccaria
  • 生没年
    1502年〜1539年
  • 出身地・時代背景
    イタリアのクレモナに生まれました。16世紀前半のイタリアは、教会刷新への願いが強まりつつあった時代で、司祭や修道会のあり方も問い直されていました。
  • 肩書き・役職
    司祭、修道会創立者。

聖アントニオ・マリア・ザカリアの生涯

聖アントニオ・マリア・ザカリアの特徴は、最初から司祭だったのではなく、まず医学を学んだことにあります。

この出発点が、彼の聖人らしさをとてもよく表しています。

クレモナに生まれ、パドバ大学で医学を学ぶ

アントニオは、イタリアのクレモナで生まれました。

その後、パドバ大学で医学を学び、医師となります。

つまり彼は、はじめから修道院の中だけで生きた人ではなく、現実に苦しむ人びとの体に向き合う専門的な道を歩んでいたのです。

体だけでなく、魂の苦しみも助けたいと願う

しかしアントニオは、肉体的な病ばかりでなく、精神的に苦しむ人びとも導き助けたいと考えるようになります。

ここに、この聖人の大きな転機があります。

彼は、医師としての働きを軽く見たのではありません。

むしろ、人間は体だけでなく魂にも深い傷を負うことを見て、より根本的に人を助けたいと願ったのです。

その結果、彼は司祭への道へ進みました。

司祭となって、人びとの救いのために働く

司祭になってからのアントニオは、人びとの救いのために熱心に働きました。

彼にとって司祭職は、単に儀式を行う務めではありませんでした。

苦しみの中にいる人びとを信仰へ導き、キリストの命に生きるよう励ます具体的な働きでした。

ここには、医師だったころから続く一つの流れがあります。

人を助けたいという思いが、医学から司祭職へと深められていったのです。

1530年、聖パウロの律修聖職者会を創立する

1530年、アントニオは同じ志を持った数人の司祭とともに、使徒パウロを模範とする修道会を創立しました。

その名は、聖パウロの律修聖職者会です。

この会は、活動の拠点となった聖バルナバ教会にちなんで、のちにバルナバ修道会と呼ばれるようになりました。

この名称は、この記事の中でもとても大事です。

つまり彼は、ただ個人的に熱心な司祭で終わらず、教会全体の刷新のために、仲間とともに継続的な共同体を形づくったのです。

なぜ使徒パウロを模範にしたのか

アントニオたちが使徒パウロを模範にしたのは、パウロが、燃えるような熱意でキリストを宣べ伝え、教会を生かすために自分を使い尽くした使徒だったからです。

アントニオ自身も、ただ守りに入る教会ではなく、人びとの魂の救いのために外へ向かって働く教会を望んでいました。

そのため、彼の司祭職と修道会創立は、静かな信心だけでなく、使徒的な熱意と結びついています。

短い生涯の中で、深い実りを残す

アントニオ・マリア・ザカリアは、1539年に帰天しました。

生涯は長くありませんでした。

けれども、医師として始まり、司祭として働き、さらに修道会を創立するまでの歩みは、短い年月の中でも強い実りを残しました。

そのため彼は、教会刷新に力を尽くした司祭として深く記憶されています。

聖アントニオ・マリア・ザカリアの名言・エピソードから学ぶ

この聖人には、心に残る言葉が伝えられています。

「神の命令は難しく、骨が折れるように見えるが、愛があれば容易になる。道はけわしく、進んで行く気力がないときでも、勇気をふるって進むとき、栄光に達することができる」

この言葉は、彼の生涯そのものをよく表しています。

人を助ける道は楽ではなく、司祭職も教会改革も簡単ではありません。

それでも、愛があるなら、人は難しい道を歩むことができると、彼は自分の生き方で示しました。

カトリック的ポイント解説

聖アントニオ・マリア・ザカリアの生涯で大切なのは、魂の救い使徒的熱意 です。

カトリック信仰では、人間は体だけでなく魂を持つ存在です。

アントニオは、医師として人の体を見ながら、魂もまた助けを必要としていることを深く感じました。

そして司祭として、その救いのために働きました。

さらに彼は、個人の善意で終わらず、教会の中に共同体を生み出し、使徒パウロのような熱意で人びとをキリストへ導こうとしました。

ここに、この聖人の現代的な意味があります。

信仰とは、ただ自分一人が敬虔になることではなく、人を生かし、教会を目覚めさせる力でもあるのです。

聖アントニオ・マリア・ザカリア|ゆかりの地・書籍・芸術

聖アントニオ・マリア・ザカリアのゆかりの地として大切なのは、クレモナパドバ、そして聖バルナバ教会です。

クレモナは生まれ故郷、パドバは医学を学んだ地、聖バルナバ教会は彼の修道会の活動拠点として特に重要です。

芸術では、司祭の姿、書物、十字架、あるいは使徒パウロとの結びつきを示すしるしとともに描かれることがあります。

まとめ|今日の聖人から学べること

聖アントニオ・マリア・ザカリアは、クレモナに生まれ、パドバ大学で医学を学んだ後、司祭となった聖人です。

体の病だけでなく魂の苦しみも助けたいと願い、1530年には使徒パウロを模範とする聖パウロの律修聖職者会、いわゆるバルナバ修道会を創立しました。

聖アントニオ・マリア・ザカリアは、人を本当に助ける道は、体と魂の両方に目を向けることだと教えてくれます。