
7月30日は、カトリック教会で「聖ヨハネ・コルンビニ」を記念する日です。
ヨハネは、中世イタリアのシエナで裕福な商人として成功し、町の政治にも関わっていた人物でした。しかし、貧しい人や病気の人の苦しみには、ほとんど心を向けていなかったと伝えられています。
そんな彼の人生を大きく変えたのが、妻が持っていた「エジプトの聖マリアの生涯」を記した聖人伝でした。
一冊の聖人伝を読んだ富豪は、それまで築いてきた財産と名誉を手放し、病人や旅人に仕える道を歩み始めます。
聖ヨハネ・コルンビニ|プロフィール
- 名前
ヨハネ・コルンビニ/Giovanni Colombini - 生没年
1300年ごろ〜1367年 - 出身地・時代背景
イタリア中部のシエナ。商業によって繁栄する一方、貧富の差や疫病に苦しむ人々も多かった14世紀に生きました。 - 肩書き・役職
商人、シエナの公職者、在俗の信仰者、イエズアト会創立者
日本の聖人カレンダーでは「聖ヨハネ・コルンビニ」と紹介されていますが、欧文の教会資料では「福者ジョヴァンニ・コロンビーニ」と記されることが一般的です。
聖ヨハネ・コルンビニの生涯
ヨハネは、はじめから貧しい人に尽くしていたわけではありません。
富と社会的な地位を求めていた商人が、一冊の本をきっかけに生き方を改め、最後には貧しい共同体を創立するまでになりました。
シエナの裕福な商人として成功する
ヨハネ・コルンビニは、1300年ごろ、イタリアのシエナにある裕福な名門の家に生まれました。
成長したヨハネは商人となり、大きな財産を築きます。シエナの行政にも関わり、市の重要な役職を務めるほど、社会的な信用を得ていました。
商人としての能力に恵まれ、町の有力者として認められていたヨハネでしたが、貧しい人々の生活にはあまり関心を持っていませんでした。
当時の彼にとって大切だったのは、財産を増やし、自分と家族の暮らしを守ることだったのでしょう。
妻が差し出した聖人伝を読む
ある日、ヨハネが家に帰ると、食事の準備がまだ整っていませんでした。
待つことに腹を立てたヨハネに、妻は一冊の本を渡したと伝えられています。それが、「エジプトの聖マリアの生涯」を記した聖人伝でした。
エジプトの聖マリアは、それまでの生活を深く悔い改め、荒れ野で祈りと償いの生涯を送った聖人です。
ヨハネは、はじめは不満を抱きながら読み始めました。しかし、読み進めるうちに、聖マリアの徹底した回心に心を動かされていきます。
自分は多くの富を持ちながら、苦しんでいる人を顧みてこなかった。その事実に気づいたヨハネは、これまでの生き方を深く反省しました。
一冊の本との出会いが、彼の価値観を根本から変えたのです。
病人を世話し、旅人を家に泊める
回心したヨハネは、言葉だけでなく、具体的な行動によって生活を変えていきました。
まず、貧しい人々に多額の施しをするようになります。さらに病院へ足を運び、病人の世話を始めました。
当時の病院には、感染症や重い病気に苦しむ人々もいました。裕福な有力者が自ら病人のそばに立ち、身の回りの世話をすることは、珍しい行動でした。
ヨハネは、自宅も苦しんでいる人々のために開きます。
病気の人や貧しい人を迎え入れ、泊まる場所を持たない旅人には宿を提供しました。かつて富を自分のために使っていた家が、助けを必要とする人々の居場所へ変わっていったのです。
家族に配慮しながら財産を手放す
ヨハネは、やがて自分の財産を手放す決意をします。
ただし、家族を突然見捨てたわけではありません。妻の生活に必要なものを確保し、残った財産を病院や修道院、貧しい人々のために分け与えたと伝えられています。
その後、ヨハネは友人のフランチェスコ・ミーニとともに、貧しい服を着て生活するようになりました。
商人として富を蓄えていた人物が、今度は自分自身が施しを受けながら暮らし、病人や貧しい人に仕えるようになったのです。
ヨハネの変化は、一時的な感情によるものではありませんでした。財産、生活、社会的な評価のすべてを変える、徹底した回心でした。
多くの貴族がヨハネのもとへ集まる
ヨハネの生き方は、シエナの人々の間で知られるようになりました。
とくに大きな影響を受けたのが、裕福な家庭に生まれた若者や貴族たちです。彼らはヨハネのもとを訪れ、信仰生活について教えを求めるようになりました。
ヨハネに従った人々の中には、自分の財産を貧しい人に与え、質素な生活を始める者も現れます。
しかし、若者たちが次々に富や地位を手放していく様子を見て、不安を感じる市民もいました。ヨハネが若者たちを惑わせていると訴える人が現れ、彼と仲間たちは一時、シエナから追放されます。
ヨハネは約25人の仲間とともに、アレッツォやピサなど、イタリア中部の町々を巡りました。
彼らは貧しい人を助け、病人を世話し、イエス・キリストへの信仰を伝えていきました。
「イエス・キリストが賛美されますように」
ヨハネの仲間たちは、人々の家を訪問するとき、繰り返し次のように祈りました。
「イエス・キリストが賛美されますように!」
彼らがいつもイエスの名を唱えていたことから、人々はこの共同体を「イエズアト会」と呼ぶようになりました。
正式には「聖ヒエロニムスの使徒的聖職者会」と呼ばれ、聖ヒエロニムスを特別に敬っていました。
なお、イエズアト会は、聖イグナチオ・デ・ロヨラが16世紀に創立したイエズス会とは別の共同体です。
名称はよく似ていますが、イエズアト会の成立はイエズス会よりおよそ200年早く、創立の経緯も異なります。
教皇の承認を得た直後に亡くなる
1367年、教皇ウルバノ5世がアヴィニョンからローマへ戻る途中、ヨハネと仲間たちは教皇を迎えました。
当時、ヨハネの共同体は、教会の教えから外れた運動ではないかと疑われることもありました。そのため、教皇側による調査が行われます。
調査の結果、ヨハネたちの信仰に問題がないことが確認され、共同体は教皇から承認を得ました。
しかし、そのわずか一週間ほど後、ヨハネはアックアペンデンテへ向かう途中で病に倒れ、1367年7月31日に亡くなりました。
財産と名誉を求めていた富豪は、最後には何も持たず、イエスの名と貧しい人への愛を残して世を去ったのです。
聖ヨハネ・コルンビニの言葉とエピソードから学ぶ
ヨハネとその仲間たちを象徴する祈りが、次の言葉です。
「イエス・キリストが賛美されますように!」
この言葉は、単なるあいさつではありませんでした。
自分たちの活動によって称賛を受けるのではなく、すべての栄光をイエス・キリストへ返すという信仰告白です。
ヨハネは、かつて商人として成功し、社会から高く評価されていました。しかし、回心した後は、自分が注目されることよりも、キリストが知られ、愛されることを願うようになりました。
人を助けるとき、私たちは知らないうちに感謝や評価を求めてしまうことがあります。
ヨハネの祈りは、善い行いの中心に自分ではなくキリストを置くよう、私たちを導いてくれます。
カトリック的ポイント解説
ヨハネ・コルンビニの生涯には、回心、財産の使い方、隣人への奉仕という大切なテーマがあります。
彼の回心は、特別な幻を見ることからではなく、一冊の聖人伝を読むことから始まりました。
回心は生活の方向を変えること
カトリック教会でいう回心とは、過去の失敗を後悔するだけではありません。
心の向きを神へ戻し、その心の変化を毎日の行動に表すことです。
ヨハネは、自分が貧しい人を顧みてこなかったことに気づくと、実際に病院へ行き、病人を世話し、自宅を旅人に開きました。
その姿は、聖書の言葉を聞くだけで終わらせず、実行することの大切さを教えています。
富そのものではなく、富との関係が問われる
聖書は、財産を持つこと自体を一律に罪だとは教えていません。
問われているのは、財産に心を支配され、助けを必要としている人を見過ごしていないかということです。
ヨハネは、財産を自分の成功を示すものとして使っていた時期から、それを病人や貧しい人のために用いる生活へ移りました。
すべてを手放すというヨハネの行動を、そのまま全員がまねする必要はありません。
しかし、自分に与えられた時間、能力、お金、住まいを、どのように隣人のために用いるかを考えることはできます。
聖人の生涯を読むことにも力がある
ヨハネの人生を変えたのは、エジプトの聖マリアの伝記でした。
聖人伝は、立派な人物を遠くから眺めるための物語ではありません。神の恵みによって、一人の人間がどのように変えられたかを知るための証しです。
ヨハネは聖マリアの生涯を読み、自分自身の生き方と向き合いました。そして今度は、ヨハネ自身の生涯が、後の人々に回心を呼びかける物語となっています。
今日の私たちも、聖人たちの成功だけでなく、迷いや失敗、そこからの変化を読むことで、自分の生き方を見つめ直すことができます。
聖ヨハネ・コルンビニ|ゆかりの地・書簡・芸術
ヨハネの生涯と深く結びついているのが、故郷のシエナです。
また、ヨハネは信仰について記した書簡を残しており、14世紀イタリアの宗教文学を知る資料としても評価されています。
商人から奉仕者へ変わった町シエナ
シエナは、中世に金融や商業で栄えた都市です。
ヨハネはこの町で富を築き、公職を務め、やがて財産を手放して貧しい人への奉仕を始めました。
シエナの町は、彼にとって成功を手にした場所であると同時に、それまでの価値観を捨てて新しい人生を始めた場所でもあります。
シエナを訪れるときには、美しい大聖堂や広場だけでなく、その繁栄の中で貧しい人とともに生きようとしたヨハネの姿にも思いを向けたいものです。
信仰の体験を伝える書簡
ヨハネは、仲間や信仰生活を送る人々に宛てた書簡を残しました。
その手紙には、イエスへの強い愛、貧しい生活への招き、困難の中でも信仰を失わないよう励ます言葉が記されています。
彼の書簡は、14世紀のイタリア語による宗教文学としても価値があり、ヨハネの激しくも温かな信仰を伝える資料となっています。
ペルジーノの宗教画に描かれたヨハネ
ルネサンス期の画家ペルジーノが制作した磔刑図の中には、十字架のキリストを見上げる福者ヨハネ・コルンビニが描かれた作品があります。
ヨハネは、彼が特に敬っていた聖ヒエロニムスや、聖フランシスコ、マグダラのマリア、洗礼者ヨハネなどとともに描かれています。
十字架のそばに立つ姿は、富を手放し、苦しむキリストと貧しい人々に仕えようとした彼の信仰を象徴しています。
まとめ|今日の聖人から学べること
聖ヨハネ・コルンビニは、シエナの裕福な商人として成功しながら、長い間、貧しい人々の苦しみに心を向けていませんでした。
しかし、妻から渡されたエジプトの聖マリアの伝記を読み、自分の生き方を深く反省します。
それからのヨハネは、財産を貧しい人に分け与え、病人を世話し、住む場所のない旅人を自宅に迎えました。
その姿に心を動かされた貴族や若者たちが集まり、やがてイエズアト会という共同体が生まれます。
ヨハネの生涯は、どれほど長く自分の利益だけを求めて生きてきたとしても、人は神の恵みによって変わることができると教えています。
回心に遅すぎるということはありません。
大切なのは、自分の過ちに気づいたとき、そこで立ち止まらず、小さくても具体的な愛の行動を始めることです。
ヨハネのようにすべての財産を手放すことはできなくても、困っている人へ声をかけること、誰かのために時間を使うこと、必要なものを分かち合うことはできます。
そして善い行いができたときには、自分を誇るのではなく、ヨハネたちとともに祈りたいものです。
「イエス・キリストが賛美されますように!」
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