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聖シメオン・サルス

7月1日は、カトリック教会で「聖シメオン・サルス」を記念する日です。

この聖人は、読んですぐに「なぜそんな行動をしたのだろう」と感じやすい人物です。

わざと人に嫌われるように振る舞い、狂人のように見える行動まで取ったからです。

けれども、聖シメオンが目指していたのは、目立つことではなく、徹底してへりくだり、社会から見捨てられた人びとの中に入って生きることでした。

聖シメオン・サルス|プロフィール

  • 名前
    シメオン・サルス/Symeon Salos、Symeon the Holy Fool
  • 生没年
    不詳〜590年ごろ
  • 出身地・時代背景
    パレスチナ地方に生き、シナイの砂漠で隠修生活を送りました。その後、故郷ホムスに戻って暮らしたと伝えられています。
  • 肩書き・役職
    修道者、隠修士、「サルス(狂人)」と呼ばれた聖人。

聖シメオンの生涯

聖シメオンは、最初から町の中で奇妙な行動をしていた人ではありません。

むしろ、出発点はとても厳しい隠修生活でした。

シナイの砂漠で29年間、苦業の生活を送る

シメオンは、パレスチナのシナイの砂漠で29年間、苦業の生活を送ったと伝えられています。

長いあいだ祈りと節制の中で生きた人でした。

ここがまず大事です。

彼の後半の奇妙な行動だけを見ると、ただ変わった人に見えてしまいますが、その前には長い修行の時期がありました。

つまり彼は、思いつきでふざけていたのではなく、深い修道生活の土台を持っていたのです。

砂漠を出て、故郷ホムスに戻る

その後、シメオンは故郷のホムスに帰りました。

普通なら、長い苦行の末に「聖なる隠修士」として尊敬を受けてもおかしくありません。

けれども彼は、立派な修行者として敬われる道を選びませんでした。

むしろ、社会から見捨てられ、差別されている人びとの中に入って暮らしたと伝えられています。

なぜ狂人を装ったのか

ここが、この聖人で一番わかりにくいところです。

シメオンは、わざと人びとから罵られるような振る舞いをし、「サルス(狂気)」とあだ名されました。

なぜそんなことをしたのでしょうか。

その鍵になるのが、彼のモットーとされる言葉です。

「真に謙遜になりたければ、屈辱を愛さなければならない」

シメオンは、人から尊敬されることそのものを危険だと見ていたのです。

長い砂漠生活を終えて町に戻れば、人びとは彼を聖なる修行者としてほめたかもしれません。

けれども彼は、その名誉を受けず、むしろ軽蔑される側に立とうとしました。

そしてもう一つ大切なのは、そうすることで、普通の敬虔な人が近づかない場所や人びとの中にも入り込めたことです。

立派な聖者の顔をしていたら近寄れない人びとのそばへ、彼は「変な人」と見られることで入っていったのです。

偽善者とも預言者とも言われる

当然、人びとの受け止め方は分かれました。

ある人びとは、シメオンを偽善者だと言いました。

他の人びとは、彼を預言者のような人だと感じました。

この反応は自然です。

外から見れば、聖なる人には見えないからです。

むしろ「おかしな人」「信用できない人」と思われても不思議ではありません。

けれども、時がたつにつれて、彼の行動の裏にあった愛と祈り、そして本気のへりくだりが少しずつ理解されるようになりました。

なぜこの人が聖人として記念されるのか

ここも、とても大事な点です。

シメオンが聖人として記念されるのは、奇妙な行動をしたからではありません。

また、「変わっていたから面白い」という理由でもありません。

教会が彼を記念するのは、彼がその奇妙な行動を通して、

自分の名誉を捨て、へりくだり、差別された人びとの中に入り、神への愛を貫いた

と受け止めているからです。

つまり、表面の行動ではなく、その奥にあった動機と生き方が評価されているのです。

もし彼がただ人を混乱させただけなら、聖人として記念されません。

けれども教会は、彼の生涯の全体を見て、そこに深い謙遜と愛の証しを見たのです。

聖シメオン・サルスの名言・エピソードから学ぶ

この聖人を理解するうえで最も大切なのは、

「真に謙遜になりたければ、屈辱を愛さなければならない」

というモットーです。

この言葉はかなり強く聞こえます。

けれども、シメオンが言いたかったのは、わざと苦しみを楽しめということではありません。

人から認められたい、ほめられたい、自分を高く見せたいという心を手放さなければ、本当の意味で神の前に低くなることはできない、ということです。

カトリック的ポイント解説

聖シメオンの生涯で大切なのは、謙遜自分を低くする愛 です。

カトリック信仰では、聖性は必ずしも「立派に見えること」と一致しません。

むしろ、本当に聖なる人は、自分を大きく見せようとせず、神と隣人のために自分を低くすることがあります。

もちろん、シメオンのやり方はかなり極端です。

だから、すべての人がそのまま真似すべき生き方とは言えません。

けれども、少なくとも彼は、尊敬される立場より、見下される人びとのそばにいることを選びました。

そこに、この聖人の福音的な鋭さがあります。

聖シメオン・サルス|ゆかりの地・書籍・芸術

聖シメオンのゆかりの地として大切なのは、シナイの砂漠ホムスです。

シナイは彼が長い苦行を送った地であり、ホムスは彼が狂人を装って人びとの中で生きた町です。

芸術では、修道者の姿で描かれることもあれば、町の中で奇妙な行動をする「聖なる愚者」として表されることもあります。

まとめ|今日の聖人から学べること

聖シメオン・サルスは、シナイの砂漠で29年間苦行した後、故郷ホムスで狂人を装い、差別され見捨てられた人びととともに生きた聖人です。

彼の行動は一見わかりにくいものですが、その中心には、人から尊敬されることを避け、徹底してへりくだろうとする願いがありました。

聖シメオンが聖人として記念されるのは、奇妙だったからではなく、自分の名誉よりも神への愛と見捨てられた人びとのそばにいることを選んだからです。

聖シメオン・サルスは、聖性は必ずしも「立派に見えること」ではないと教えてくれます。